ハイル

Open App

【衣替え】

 最近、どうにも美智子の様子がおかしかった。
 同じクラスに在籍する美智子は、元々明るく快活な少女だった。授業中にはよく手を挙げて黒板に数学の解答を板書していたし、放課後になると他クラスから部活動の仲間がよく美智子を尋ねてきていた。
 しかし、最近の美智子は一言で言うと生気がない。私が声を掛けても精気を吸い取られたような眼でぼうっと振り返るだけだ。学校には来ているが、部活動には参加していないらしい。本人は「気にしないで」というので、一、二週間程経つと皆はその美智子を普段通りだと思うようになっていった。
 壇上では担任が朝の挨拶をしている。隣の席に座る美智子は相変わらず青白い顔で前方を見据えている。

「また別の学年で行方不明者が出ました。ここ最近、近辺で不審者の情報も相次いでいます。皆さん、くれぐれも登下校には気をつけてください」

 最近どうにも物騒なようで、他学年での行方不明者が相次いでいる。これで三人目だっただろうか。他校でも同様の事件が起こっているらしく、今朝も母親から注意するようきつく言われた。
 すると、美智子がその細い腕をそっと掲げた。

「八屋さん、どうしました?」

 八屋、というのは美智子の名字だ。
 美智子は担任に名指しされ、ぼそぼそと小さな声で呟く。

「体調悪くて。保健室、行ってきます」

 確かに美智子の皮膚は見るからに青白かった。普段通りだと思っていたが、体調が優れなかったようだ。
 それに、十月になったというのに未だに美智子は半袖のままだった。皆衣替えをしてカーディガンやブレザーを羽織っているというのに、彼女だけは薄いシャツから青白い細腕を出していた。
 美智子は担任からの了承を得ると、おぼつかない足取りで教室を後にする。時たまに体調不良で保健室へ向かう女生徒がいるため、特段教室がざわめくようなこともなく、担任はそのまま話を続けようとした。
 私はすかさず手を挙げて話を遮る。

「あの、すみません。美智子が心配なので、一緒に行ってきます」

 明らかに具合の悪そうな美智子を、友人として一人で保健室へ向かわせるわけにはいかなかった。担任もこれに異を唱えることなく、私は急いで美智子の後を追いかけた。
 保健室は一階にあるため、階段を駆け足で降る。踊り場の辺りまで降りると、保健室とは別の階で美智子が廊下へ出る後ろ姿が見えた。
 美智子は保健室へ向かったのではなかったか。私は疑問に思い、その背中を追う。彼女は廊下を奥へ奥へ進むと、人気のない空き教室へ入り込んだ。
 私は悪い気を持ちながらも、少し空いた扉の隙間からその様子をそっと覗き込む。
 カーテンが閉まりきった暗がりの教室の中で、美智子は肌をこすっていた。掌で皮膚を引っ張るようにこすり、こすり、こする。するすると皮膚が剥けていく。よく見ると、皮膚と一緒に着ていたシャツやスカートも、まるで皮膚と同化しているかのように剥けていく。
 皮膚がまるまる向けた中には、美智子がいた。カーディガンを纏い、スカートの下には黒のストッキングが見える。
 その光景は、カエルやトカゲが自らの皮膚を引っ張りながら脱皮をする様子に似ていた。
 訳がわからなかった。私が知っている美智子は、いつの間にか知らない美智子になっていた。
 私はその光景から受けた衝撃のあまり、額や掌に汗を浮かべる。扉に手をかけると、ギィと鈍い音が響いてしまった。
 音に反応したのか、美智子がこちらをゆっくりと振り向く。

「……見た?」

 美智子の口が、頬の端まで裂けそうなくらいにニタァ、と広がった。

10/23/2023, 3:22:28 PM