初音くろ

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今日のテーマ
《街の明かり》





眼下に広がる景色に感嘆の息を吐く。
展望デッキから見下ろす街並みは、まるでジオラマのよう。
ほんの数十分前までは、わたしもあの景色を形作るピースの1つだったのだと思うと、何だか不思議に思えてくる。

すぐ近くではモニタータイプの望遠鏡を見ている子供が母親らしき女性に自分の家を確認している様子が窺えた。
微笑ましいなと思っていたら、一緒に来た友人も同じ感想を抱いたようで、微かにくすりと笑っていた。

「やっぱりこういうトコはカップルか観光客か親子連れが多いね」
「まあ、実際、観光スポットだしね」

友だち同士で来ているような子達もいないわけではないけど、その数は多いとは言えない。
だからといってわたし達が周囲から浮いていて注目を集めているかといえばそんなこともない。
観光客にしろ、カップルにしろ、景色を楽しむのに夢中で他人のことを気にしたりなどしないからだ。
わたし達もまた、すぐに意識を目の前の景色へと戻すと、あちこち指差しながら楽しむことにした。

あっちが新宿のビル群だから、右の方にあるあの建物はサンシャインだろう、とか。
向こうに見えるのは富士山じゃないか、いや別の山だろう、とか。
家の方角があっちだから、学校はあの辺りかな、とか。

夏至からまだそう日も経っていないこともあって陽は長い。
それでもこの時間、空の色は夕方のオレンジから夜の紺碧へとじわじわ色を変えてきていた。
展望デッキに上がってきたばかりの頃はまだ西の空は明るかったのに、今は残照を残すばかり。
東側はもうすっかり夜の景色になっている。

オフィスビルやマンション群、道を照らす街灯、商店や家々――それらが寄り集まってこの景色を作り出している。
この明かりのひとつひとつが人が生活している証なのだ。
自分達の住み慣れた街が、こうして俯瞰で見るとこんなにも綺麗な夜景の一部になっているということに感慨を覚えずにいられない。

「あたし達も普段はこの景色の中にいるんだよね」
「そうだね」
「なんか、不思議な感じする」

さっきわたしが感じたのと同じことを彼女が言う。
友だち同士、似たようなことを考えるものらしい。いや、友だちゆえに、なのだろうか。
いつも一緒にいるから考え方も似てくるのかもしれないと思い直す。

そうしてわたし達は時間をかけてゆっくりフロアを一周し、思う存分夜景を堪能した。
併設されたカフェに入ってホッと一息つく。
時間帯もあってか、お客さんはカップル率が高めだった。

「今日は誘ってくれてありがとう。こういう機会でもなかったらきっと来なかったから貴重な体験できたよ」
「こっちこそ、つきあってくれてありがとね。チケット無駄にしなくて済んで良かった」
「彼氏さんには悪いけど、あたしには役得だったかな。久しぶりに遊べたし、おまけにタダであんたと展望台デートできたし」

満更冗談でもなさそうにそんなことを言って彼女が笑う。
たしかにいつでも行かれる程度の距離に住んでいると、却って足を運ぶ機会はあまりないかもしれない。
そして、そういえばこうして2人で遊ぶのも久しぶりだったなと気がついた。

本当は、今日はここへは彼と来るはずだったのだ。
つきあい始めて1年の記念に、一緒に行こうねって約束していたから。
でも、残念ながら彼は急な研修が入ったとかで来られなくなってしまった。
展望台のチケットは事前に買っていたので、駄目元で友人を誘って今に至るという次第である。
仕事なのだから仕方ないと思う反面、1人で記念日を過ごすのは淋しくて、だからこうしてつきあってもらえて本当に良かった。
おかげで変に凹んだりすることもなく楽しく過ごすことができた。

「ディナーの予約とかはしてないの?」
「さすがにそっちはキャンセルしたよ」
「そっか。ってことは、この後も予定はないんだよね? それなら夕飯がてらどっか飲みにでも行く?」
「行く行く! こないだネットで美味しそうなお店見つけたんだ」

たぶん彼女はこのままわたしが1人で家に帰ったら寂しくなったり凹んだりすることを見越して誘ってくれているのだろう。
その優しい気遣いに胸が温かくなる。
だからわたしも彼女にこれ以上気を使わせないよう、殊更に前のめりで頷いてみせた。

本音を言えば、やっぱりこの景色は彼と見たかった。
あの街の明かりの中に、いつか2人で暮らす部屋の明かりを加えられたら――そんな話ができたら良かったとも思う。
でも、それはまた次の機会に持ち越しだ。
今は大好きな親友と共に、楽しい時間を満喫しよう。

最後に互いのスマホで夜景を背景に記念撮影をして、わたし達は展望デッキを後にした。


後日、その写真を見て大いに悔しがった彼が、リベンジとばかりにわたしの誕生日に改めて連れて行ってくれたのはまた別のお話。





7/9/2023, 9:16:03 AM