最悪だ。こいつの提案に乗ったのは間違いだったかもしれない。
ローダは苛々しながら、いつ終わるとも知れない廊下を突き進んでいた。複雑な魔術によって構成されているこの空間は、見た目よりもずっと長く、先は暗闇に呑まれて果てが見えない。
「あんまり先々進まないでよ~、ローダちゃん」
へらへらとした声が後ろから追いかけてくる。元はと言えば、こいつがこのダンジョンを案内するからと言うから、渡りに船だと思ったが、入口をくぐって以降、自分の前を歩くことがない。時折、後ろから右だ左だと指示されるだけ。
(それって案内って言わなくない?)
しかもそれでいて行き止まりに当たることもあって、段々と腹が立ってきた。振り切ってやろうと、下手すれば息が上がりそうなほど足早に歩いているというのに、彼は事もなげに着いて来る。
「ローダちゃん、待ってよ~」
ローダは立ち止まると振り返った。ローダより数歩後ろを歩いていた彼も止まった。
「あのね、あなた、案内するつもりないんだったら、黙っててよ」
彼女がぴしゃりとそう言うと、彼は不満げに唇を尖らせたが、すぐにへらりと笑った。そのへらへらした顔にまた腸が煮えくり返ってきたローダは、ふんとそっぽを向くと、再び歩き始めた。
今度は足音が追ってこない。
(せいせいしたわ)
何を聞いてものらりくらり。時折言う道筋も嘘ばっかり。こんなことなら、自力で探索した方がまだましだというもの。このダンジョンには魔物がいないみたいだから。
そう思いながら、ローダが先をずんずんと進んでいたときだ。
急に目の前に骸骨の魔物が現れた。手には長物と盾を持っている。対するローダは、ほぼ丸腰だった。元々戦闘が得意でないのに加えて、あいつが魔物は出ないと言い切っていたから、携行もしていなかった。
どうしようと体を強張らせた一瞬の隙に、骸骨はローダに向かって長物を振り下ろした。しまったと思ったが、体はどうにも動かない。せめてもの抵抗とばかりに腕で顔を覆ったが、この長物の前では何の役にも立たないだろう。
死ぬ――その二文字が脳裏に浮かんだその瞬間、背後の方から飛んできた何かで、骸骨は吹き飛ばされた。目を白黒させるローダの肩を誰かが掴んだ。ひっと息を呑む彼女の耳元で、
「オレの手の届かないところに行かないでよ~、ローダちゃん。護れなくなっちゃうからさ」
彼がいつもの調子とは打って変わって真面目な声音で囁いた。
ローダは振り向いた。彼は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「なるべく快適に進んでほしいなって思ってたんだけど、苦労する方がお好みかな?」
「……先回りして魔物を倒していたっていうこと……?」
「オレの手が届く範囲でね~」
彼女の問いにそう事もなげに返す彼を、初めてローダは見直した。
「……ありがとう、ウェルナー」
気まり悪くて彼女は俯いた。
「どういたしまして。お役に立てなのなら嬉しいよ、ローダちゃん」
彼はそう言うと、俯く彼女の頭を優しく撫でた。
6/6/2024, 6:26:11 PM