『手放した時間』
ベッドに横たわって携帯電話を手にしたとき、SNSやメッセージアプリの通知が溜まっていたことに気づく。
マメなほうだと自認していたが、最近はこういうことが増えていた。
まだ手軽に捌ける量だが、ポップアップ通知が溜まっていくのは気持ちが悪い。
アプリ設定をいじくり回して表示を減らした期間もあったが、アイコンに赤丸の数字が表示されるのも落ち着かなかった。
結局、通知をオンにして小マメに確認するという手法に戻っている。
「どしたの?」
風呂上がりでほかほかになった彼女から声をかけられた。
「え?」
携帯電話から目を離すと、彼女はベッドの隅で頬杖をついて俺をマジマジと見つめる。
「なんか難しい顔してた」
「そんな顔してませんよ」
ムーっと眉を寄せた彼女の眉間にできたシワを、両手の親指を使って伸ばした。
ほっぺたホクホク。
顔ちっちゃ。
なんて夢中になっていれば、コロコロと彼女はくすぐったさそうに顔を逸らす。
「えー? してたよー?」
ベッドの隅を支えに、彼女はネコのようにしなやかに背中を伸ばした。
そして何食わぬ顔で俺の隣に潜り込む。
外干しした羽毛布団を首元までしっかり覆ったあと体を丸め、俺の肩口にすり寄せた。
「捌かなきゃいけない用事ができたなら無理して私にかまわなくていいよ?」
「かまう……」
なるほど。
通知が溜まるようになったのは、それだけ彼女を甘やかしているせいか。
1日24時間という限られた時間を彼女に割いていたのだ。
通知が溜まるのは当たり前だし、仕方がない。
携帯電話をベッドボードの上に置いて、彼女を抱き締めた。
「いえ、あなたを待っていただけなので大丈夫です」
柔らかい青銀の前髪を撫でると、風呂上がりの甘やかな香りに誘われる。
顔を寄せていけば、わずかに体をこわばらせた彼女がキツく目を閉じた。
……無防備。
きれいな曲線を描く額の上に唇を落とすと、長い睫毛が不満気に持ち上げられる。
「どうかしましたか?」
「別に」
ツンと意地を張った彼女が、寝返りを打って背中を向けた。
はらりと揺れた毛先から細くて白い頸を覗かせて、それはそれで情欲を煽られる。
「ね、こっち向いてくれませんか?」
「なんで」
頸から浮き出た骨の山に触れれば、彼女の肩がビクリと跳ねた。
そのままシャツの上から薄くなっている皮膚を撫でる。
震える肌と連動して、湿り気を帯びて短く詰まった声がシーツの上に溢れていった。
「まんまるな後頭部を眺めながら銀色の髪を1本1本数えて朝を迎えるのも実に有意義な夜を過ごせそうですけど、俺としてはそろそろ下睫毛も数えてみたいなと思いまして」
「め、目ン玉、塞がってんのにどうやって数えるつもりだよっ!?」
もっともらしい反論を捲し立てて、彼女は勢いよく振り返る。
目が合えば俺の思惑に乗せられたと悟った彼女が、気恥ずかしそうに顔を背けた。
「……っ。時間は、もっと有意義に使えよ」
あー。
かわいー♡
「使ってますよ?」
「どこが」
不貞腐れてついに足まで使って毛布を占領するという、小賢しい手段を使ってくる始末だ。
くるくると毛布でミノムシと成り果てた彼女の上にのしかかってやる。
「大切な人と時間を共有できる以上の有意義なひとときなんてありますか? あるはずないでしょう」
「や、あるだろ……」
「ありません」
「ある」
強情め。
そういうところもたまらないけど。
大した抵抗もしないから、毛布を剥ぎ取って覗いてみる。
耳まで赤く染まった彼女の姿に、顔が緩んだ。
きまり悪くなるとすぐに下唇を噛む彼女の仕草をやめさせるために、親指で撫でる。
小さな水音を立てたとき、されるがままだった彼女が俺の指を握りしめた。
「でも、うん……。ありがと」
幸せが詰まった彼女の頬に俺の指が触れた瞬間、彼女から素直さが溢れ出る。
「うれしい」
はにかんだ彼女の笑みはキラキラとまばゆかった。
彼女の姿を視界いっぱいに満たしたくて、距離を詰める。
「ねえ。キス、させてください」
薄い桜色の唇のすぐ近くで囁けば、先ほどと同様に、彼女は静かに瞼を伏せた。
11/24/2025, 7:37:30 AM