書く習慣:本日のお題「君の目を見つめると」
「君の目を見つめると」というお題だが、敢えて鏡で自分の目を見つめてみる。先日「見つめられると」というお題ですでに犬カードを切ってしまったからだ。
まつげパーマをやったので、いつもより目がよく開いているように見える。カールしているまつげと、その後新たに生えてきたまっすぐなまつげが混在して、江戸時代の脱穀農具・千歯扱き(せんばこき)のようになっている。
本日の白目はやや青みがかっている。日焼けしたり寝不足だったり花粉症だったりすると充血するので、白目が青いのは私としては健康的なサインだ。しかし、できればもっと柔らかい印象の色であってほしい。無駄に目力があるというか、端的に言って怖い。
1ヶ月ほど前に眉にかかるくらいの長さに切ってもらった前髪はすでに2cm近く伸びており、今にも目に入りそうになっている。地元の方言でいうと「ぶしょったい」、だらしないとか不精であるとかいった意味である。そろそろまた切りに行かねばならない。
黒目の色は普通に黒い……と思っていたが、光を当てると既視感のある赤茶色に見える。もしも自分の顔を何かで作るとしたら、目の部分はカラメルソースにするのがよいと思った。
スマホのライトを当てたり外したりすると、瞳孔が縮んだり広がったりして面白い。現象としては知っているけれど、なんの意識もせず体が動くのは奇妙な感じがする。膝を叩くと足が跳ね上がる脚気検査の反射も好きなので、たまに手刀で膝を叩いて「おお、上がった上がった」と遊んでいる。
さて、自分だけでなく人の顔にも思うことだが、顔の美醜というのはよくわからない。歯列矯正は「揃った/不揃いな」歯並びという基準があるから理解できる。しかし、横顔のラインや鼻の高低などは、そういう価値観の存在を知るまでは全く意識したことがなかった。自分の横顔が美の基準から外れていても今まで困ってこなかったから、おそらく今後も造作に手を加えない顔で生きていくことになるだろう。
自分が困っていないことで悩んでいる人にどんな言葉をかけるのかは、本当に難しいところだ。私が気にしていなくても本人は気にしているのだし、「わかる。私も悩んでるから」と偽の共感をしても声で嘘だとバレそうだ。
そんなわけで、たいていの顔の悩みには「意外」と驚くリアクションをとるだろう。
ちなみに私の顔にはほくろが多い。顔の下半分のほくろを線で繋げると、口の下にもうひとつのスマイルラインが浮かびあがる。妹や気の置けない友人とほくろの話になったら、スマイルラインほくろの話で自虐するかもしれない。だが、今日この話を書くために久しぶりにほくろの存在を思い出したレベルで、ふだんは全く気にしていない。
日焼けを気にせず野原を転げ回っていた子どもだったせいか、頬にはシミもできている。しかし人体はそういうものだろう。肌荒れがあっても、痛みや痒みがなければ気にしない。
このように、私が自分の容姿の欠点を把握しつつも気にせずにいられるようになったのは、ひとえに時代が変わったからだ。美しさを強要されない時代になりつつあり、私のような人間には大変ありがたい。誰かが頑張ってくれたのだから、恩恵を享受するだけでなく、こうして少しでも追い風になれるようなことを書いておくべきだろう。
4/6/2026, 12:09:30 PM