まふゆ

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窓を叩く雨音で、目が覚めた。
時刻は午前四時。
隣に彼女はいなかった。

(こんな雨の日でもか…)

再び眠りに就こうとする怠惰な脳みそを気持ちで叩き起こし、おおよそ役に立たなそうなビニール傘一本を持って、外にくり出した。

彼女は、ダンサーだった。
ほんの二週間前に、公演中のアクシデントが原因で怪我をした。
医者からもたらされたのは【二度と踊ってはいけない】という残酷な知らせのみ。
それ以来、彼女は朝目を覚ましては、満足に動けもしない身体に鞭打ち、外へ踊りに出掛けた。一刻も早く、またあの舞台に立てるようにと。
そして、どこで踊っているのかもわからぬ彼女を捜し出し、保護するのが私の役目だった。

宛もなく豪雨の中を歩いていると、案外と彼女はすぐに見つかった。

あの日、彼女が二度と踊れなくなった劇場。
まだ誰もいない早朝の劇場。
その前で、お世辞にもダンスとは言えない、痛々しい動きでよろめく影がいた。
彼女だった。

彼女は私に気がつくと、ゆったりした動きで、微笑みながら言った。

「ごめんなさい、まだ踊り足りないの。」

―そう。ね、私も一緒に踊ってもいいかな?

「あら、あなたダンスできたの?」

―練習したんだ。君と踊りたくて。

「まあ、嬉しい。ええ勿論。いいわ、踊りましょ」

嘘だ。ダンスなんて本当はできない。けれど、これ以上彼女を雨の中一人で踊らせたくはなかった。
予想通り、殆ど役に立たなかったビニール傘を置いて、私は彼女に手を差し出した。
観客席から見た、男達の仕草を思い起こす。
見様見真似の、エスコート。
息を吸って、吐いて、雨音に掻き消されないように、ハッキリとした声で、私は言った。

「レディ、私と一緒に踊りませんか?」

10/4/2023, 10:44:05 AM