正午。風が嫌なぐらいに心地良い。暖かくって意識が曖昧だ。
「…ね。……でさ。……で………」
「うん。」
君の声が僕の鼓膜を震えさせる。
「……それでさ、一緒にいく?どうする?」
「……うん。」
拒否する理由は無い。それに、きっと了承したほうが楽だから。僕の返事を聞いて目を細める君。困っている様にも見えるし、嬉しそうにも見える。感情が色になって柔らかいグラデーションを作るみたいに。
「そっか。」
「うん…。」
言いたい言葉はたくさんある。でも喉まで来ては詰まって何も出てこない。あり過ぎるんだ、君に伝えたいことが。
君はどうして僕を選んでくれたの?不幸になるなんてことは分かっていたはずなのに。君はどう感じたの?人から視線を、言葉を。そして、今は何を思っているの?分かっているようで分からない。透明なベールで巻かれた君の心と顔。
君は俯いたまま何も言わない。見ていられなくなった僕はふと、時計に目をやる。…二時。時の流れは早いものだ。こうして僕らが悩んでいる間も待ってくれやしない。チッチッ、時計が時を刻む。
「何で…駄目だったんだりうね。可笑しいよね。…ね?」
顔をくしゃりと歪める君。苦しそうで…それで……。
僕は今、どんな顔をしているのだりう。きっと酷い顔だ。そうだ、この部屋には鏡が無い。僕はどんな顔貌をしていたのだろう。
急に自分と言う存在が不安定になってくる。目の前にいる君を見る、が、顔が、顔が…嫌、体も?君が濃霧に呑まれてく。見えない。君が、僕が、前が。頭がくらくらしてきた。一度目を瞑る。
自分の顔など今となってはどうでも良いではないか。
君のことだって、君を顔で体で好きになったのでない。君の人格そのものに惚れたのだ。
身体なんて、ただの皮でしか無いだろう?
精神の器だ。ただの。だからどうでも良い。どうでも。
…目を開ける。自分に何が見えているのか、はたまた見えていないのか?それすらもハッキリとしない。どうでも良い。どうでも良いのだ。
窓を探す。君の声が背中からする。窓を勢い良く開ける。風が部屋に入り込んだ気がした。そして、僕の背中を押す。
「さあ、いこう!彼処なら僕らも祝福されるだろ?ほら早く、ハヤク、ハヤク。急げないのか?歩けよ!」
「分かってるから。歩いているし。そんなに焦らないでも止める人は居ないでしょう?何処にも。嫌、何処に居るかもね。」
「どうでも良い。ほら、行くよ。」
「うん。バイバイ。」
「バイバイ?何でさ、場所を移動するだけじゃないか?何で?永遠の別れじゃないんだから。」
「…そう…。…ロマンチストなのね。」
「違うさ。どうしたんだい?可笑しいよ。先に行ってるからね。」
「…はい。行きましょう。」
星だ。星だけが見える。闇に呑まれて何も見えない。
でも、もうそんなことはどうでも良い。新しい、素晴らしい場所へ行けるのだから!
下には一人の男の死体が残された。奇妙にも女物の服を着て、長髪の鬘を被っていた。
9/28/2024, 12:26:54 PM