彼女の柔らかい身体を抱きしめて数十分は経っただろうか。腕で引き寄せ、足で囲ってしまえば、小柄な彼女はすっぽりと俺の中に収まる。俯いているため顔は見えないが、どうやらだいぶ落ち着いてきたらしい。細い腕を伸ばして横にあったティッシュを引き抜くと、鼻をかみ、涙を拭き、小さく丸めてゴミ箱に入れた。泣いているときでも綺麗好きなところは変わらない。
落ち着いた?
艶やかな髪を撫でながら最大限の優しい声で語りかけると小さく頷く。こうして彼女を慰めるのも慣れたものだ。ずっと昔から母親の過干渉やヒステリーに参った彼女が縋るのは俺。迷惑と思ったことはないし、むしろ役得だ。幼なじみというだけで人間関係にまで口出しする母にも見逃され、彼女を抱きしめることもできている。
あのね。
小さく小さく、震える声で彼女は言葉を紡ぎ始めた。感情の許容量を越えると怒声の代わりに涙が溢れてしまうため、ひとしきり泣き終わってからでないと上手く喋れないのだ。気を抜けばすぐ空気に溶けてしまうその声を、神経を総動員させて聞き取る。
おかあさんが、あなたとは会うなって。
前言撤回。見逃されていたわけではないらしい。唯一の依存先も奪って、箱の中に押し込めるつもりなのだろう。それとも、俺が抱く情を見抜かれたか。
しかしこれも予想していたことではあった。金は貯めたし、前々から相談していたから、両親も良い顔はしないだろうが反対することもないだろう。このままでは彼女は粉々に砕けてしまう。
ねぇ、逃げようか。二人で生きよう。
4/16/2023, 1:50:24 PM