陽菜(はるな)は、日傘を畳んで、店の外観を見上げた。
カフェというにはレトロな外観、喫茶店と呼ぶにはユニークな内装。店名は「アストロカフェ」。
叔母の綾が、ご両親から受け継ぎ、趣味の天体観測をモチーフに改装したその店は、昔なじみの地元客と近くの高校・大学からの新規の客が共存している。
叔父の洋介は、婿養子。綾と陽菜は血縁関係にはない。
だから、彼女にとっては「祖父母の家」でもなく「実家」でもないが、夏休みの間はいつもここで過ごした。仕事で各地を飛び回る母に代わって、叔父夫婦は陽菜を預かってくれていた。
一呼吸置いてから、彼女はその扉を引いた。
カランコロンカラン、と、懐かしい音がする。
「いらっしゃい…あら、おかえりなさい」
綾が優しく微笑んだ。
ずっと心の中にあった寂しさが、考えないで押し込めていた不安が、ふっと、お腹の底から上がってきた。
「ただいま」
その一言がきっかけで、涙がじわじわと滲んでくる。
陽菜はグッと堪えて、隠すように、日傘を傘立てへさす。
「ハルちゃん、暑かったでしょう、どうぞどうぞ」
と、奥のカウンター席に、綾がお冷を置く。
14時、ランチは過ぎたがカフェの時間にはまだ早く、他にも客は居ないようだ。
「ありがとう、綾さん」
陽菜もニッと笑った。でもきっと、鼻の頭が赤いのは、綾にも分かっただろうなと思った。
スッキリとした香りのするミント水が、足の先まで行き渡ったような感じがした。不安や寂しさが流されていった。
ああ、私帰ってきたんだ。
私の席は、ここにあったんだね。
これまで、ずっと。それから今も。
「これまでずっと」
7/13/2023, 3:37:47 AM