薄墨

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黒々とした羽根が舞う。
賢く濡れた瞳で俺を一瞥して、烏_烏星様は、高く飛び去っていった。

太陽を直接覗き込むと人の目は潰れる。
強い光のために。
だから太陽を観測するには、専用のグラスが必要だ。

今日も太陽は煌々と高く上がっている。
轟々と燃えている。

太陽の傾きと黒点を、手元の用紙に記録する。
この太陽の動きの記録から、博士たちが未来の吉凶を予測する。
見習い天文生の俺たちの仕事は、その天体の動きや変化の記録を作ること。

そして、神のお言葉を遣わしてくれる、神使に仕えてお世話をすること。

ここ、太陽ノ省では、太陽の神様であられる、八咫烏様にお仕えし、神託と占術をお聞きすることで、世の政や儀式を行っている。

俺が、太陽_八咫烏様の従者となり、太陽博士等の下で、神使の一羽である烏星様にお仕えして、もう一年になる。

烏星様は、いつもこの時間にお出かけになる。
太陽が一番高く、熱く、煌々と輝くこの時間に。
烏星様は、太陽が一番盛りの時がお好きらしい。
だから、俺の太陽観測の当番はいつもこの時間だ。

しかし、烏星様が、俺にお言葉をかけてくれたことは一度もない。

神使の烏たちは、普通の畜生とは違う。
慣れた陰陽師の人間とは会話をするし、ご神託もこまめにお伝えしてくれる。
天文生の時にお仕えした神使は、その人間を認めれば、見えぬこと、知らぬことを教えてくれ、生涯の相棒となるらしい。

したがって、まずは仕える神使と気を置くことなく、語らえるようになるのが、一人前の陰陽師への第一歩なのだ。

…しかし、烏星様が俺にお言葉をかけてくれたことは一度もない。

烏星様は随分、気難しいお方らしい。
……どうしたものだろう。

烏星様は美しい烏だ。
一日で一番高く熱い太陽へ、翼をはためかせるその気高さは、言葉に表せないほど美しい。
黒く賢く潤む瞳は、滑らかで美しく、太陽の黒点のように愛らしい。
一目見た時から、俺はすっかり烏星様に憧れてしまった。太陽に灼かれる蝋のように。

…だから、お仕えも緊張して、楽しくて、嬉しくて仕方ないのだ。
仕方ないのだが…。

…嫌われているのだろうか。

一年もお話してもらえないと、焦りと悲しみが汗となって伝う。
俺は烏星様の信頼に足らない人間なのだろうか。
陰陽師など、向いていないのであろうか。

太陽の観測を終え、一旦、太陽観察グラスを下ろす。
烏星様の翼を拾い上げる。
黒々と美しい、立派な羽根だ。

八咫烏様に掛からないよう、地面に向かって、こっそり溜息を吐き捨てる。
太陽は、頭上で煌々と輝いていた。

8/6/2024, 2:02:13 PM