大丈夫だから。
確証のない言葉を散々並べたあと「だから、安心して寝なさい」とお父さんは諭すように私に言った。そして有無を言わさず部屋の照明を落とす。お父さんはそっと戸を閉める。私は真っ暗闇の中に、独り取り残される。
布団に入っても脳は覚醒したままで、目も冴えていた。暗闇の中でものの位置が分かるくらいには。夜器用に走り回る猫みたいに、私はすいすいと障害物を避けて扉まで辿り着く。
扉を少しばかり開くと、橙色の光が暗闇に差し込む。眩しくて目を閉じたが、暫くすると慣れてきた。隣の部屋の様子を息を潜めて見守る。
嗚咽混じりに何かを語るお母さん。
困った困ったと顔を歪めるお父さん。
二人は夜な夜な話し合っている。ここ最近ずっと。難しい言葉がたくさん聞こえてきて、それがよくないことなのだとは何となく悟った。それでも、何とかいい方向に転がれば、と願っていた。
お母さんはずっと啜り泣いている。弱い、弱い、お母さん。お父さんはこの姿を見せたくなかったんだ。
私はそっと、また扉を閉じて布団の中に潜る。安心できない。先行きの見えない不安だらけの夜。その重みに押し潰されそうになりながら、かろうじて私は私をたもっている。私であろうと。私だけは取り乱すまいと。葛藤している。本当はこのまま叫んでしまって、暴れてしまって、何もかも終わりにしてしまいたいのだけど。まだ、まだ、大丈夫だから。降り積もる灰は山になって私を埋めるけど、まだ、私は大丈夫だ。この暗闇に、抗ってみせる。歯を食いしばって、枕で押さえて、必死に、堪える。
1/25/2024, 1:57:58 PM