夜の祝福あれ

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静寂の中心で

風が止んだのは、あの日の午後だった。
山間の小さな村に、音が消えた。鳥のさえずりも、川のせせらぎも、子どもたちの笑い声も。すべてが、まるで誰かがスイッチを切ったかのように、静寂に包まれた。

村の中央にある古びた神社。そこに住む巫女・澪(みお)は、静寂の理由を知っていた。
それは、百年に一度、神が眠る場所が開かれる時。音が消えるのは、神が夢を見るための準備なのだと、古文書に記されていた。

澪は神社の奥へと進んだ。誰も足を踏み入れたことのない「御神座(みかみくら)」の前で、彼女は静かに座った。
音がない世界では、心の声が響く。
「私は、誰かのために生きているのだろうか」
「この村に、私が必要とされているのだろうか」
澪の胸に、長年押し込めていた疑問が浮かび上がる。

その時、静寂の中心で、微かな鼓動のようなものが聞こえた。
それは、神の夢の始まりだった。
澪は目を閉じ、神の夢に身を委ねた。夢の中で、彼女は村の人々の記憶を見た。笑顔、涙、祈り。そこには、澪がいた。誰かの手を握り、誰かの背を押し、誰かの涙を拭っていた。

静寂が終わるとき、風が戻り、鳥が鳴き、川が流れ出す。
澪は神社の外に出て、空を見上げた。
「私は、ここにいる意味がある」
そう呟いた声は、風に乗って村中に届いた。

お題♯静寂の中心で

10/7/2025, 11:24:58 AM