無月

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【蝶よ花よ】


庭に咲いたペチュニアに蝶が集まる。白に黄色にピンクといった様々な色の花びらに、モンシロチョウやアゲハチョウがワルツを踊るみたいに舞っていた。

ヒマワリの、絵の具で塗ったように明るい黄色が空を彩る。アサガオのつるはネットに巻きついてするすると伸び、立派なグリーンカーテンを作っている。

アジサイは、土の酸性度によって色が変化するらしい。庭のアジサイは赤の混じったような紫色。「昔は濃い青色だった、きっとアジサイも歳をとっているんだね」と、おばあちゃんは言っていた。

薄い緑色のじょうろに水をたっぷり入れる。今は芽すら出ていない植木鉢にも、しっかり水を与えておいた。湿った土の匂いが鼻をくすぐる。

ホースで水を撒かないのは、足でしっかり土を踏んで雑草を生やさないようにするためだ。梅雨の時期なんかに少し庭を歩かないだけで、雑草はすぐに生い茂ってくる。根っこが土に埋まっている花もあるから、除草剤は使えない。

「ふう・・・ちょっと休憩」

じょうろを置いて、ベンチに腰かける。今日は鉢替えをしたし、水もいつもよりしっかり撒いた。

これをおばあちゃんも毎日やっていたんだと思うと、本当に頭が上がらない。いつも腰が痛いと言っていたのに、庭の手入れだけは決して欠かさなかった。私はおばあちゃんと同じ歳になっても、変わらずこれを続けられるだろうか。


思い出す。よくおばあちゃんが言っていた言葉。






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「昔、『秘密の花園』っていう本を読んでね、おばあちゃんは自分だけのお庭を持ちたくなったの」


そんな話を聞いたのは、おばあちゃんと一緒に水やりをしていたときだった。

夏休みに入る前に学校から持って帰ってきたアサガオ。クラスの誰よりも早く花が咲いて、自慢げにおばあちゃんに見せていた。

おばあちゃんはそれはもうたくさん褒めてくれて、それからはおばあちゃんの家で水をやるのが日課になっていた。

「ひみつのはなぞの?」

「そう。偏屈な女の子が、自分だけのお庭を見つけて、だんだん明るく元気になっていくお話」

そう言って庭を眺めるおばあちゃんの横顔は、なんだかいつもより若くて、まるで夢見る少女みたいだと思った。


おばあちゃんの庭の手入れは、それはもう丁寧だった。苗替えから始まって、鉢替え、水やり、剪定。全部に愛がこもっているようで、私はおばあちゃんのそんな姿を見るのが好きだった。


「花園っていうほど豪華なお庭にはできなかったし、秘密でもなんでもないけれど、それでも私はこのお庭が好きよ。お花に誘われてやってくる小さいお客様も、とても素敵だと思うもの」

「はちさんとか、ちょうちょさんのこと?」

「そうね、ミミズさんやダンゴムシさんなんかも。特に蝶々さんなんか、色んなドレスを着てるみたいじゃない?」

「うん!わたしね、あお色のちょうちょさんがすき!」

「あら、そうなの!毎日お庭のお手伝いをしてくれたら、来てくれるかもしれないわね」

「ほんと!?じゃあわたし、いっぱいおてつだいする!」


約束ね、と言って、私とおばあちゃんは指切りをした。それから二十年ほどたった今も、私はまだおばあちゃんとの約束を守っている。




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ふと見ると、ひらひらと、目の前を蝶が舞った。

「あ、」

それは、空の色を分けてもらったような、淡い青色をしていた。
まるで、おばあちゃんと話したあの蝶のように。


思わず立ち上がり、蝶の行く方へと駆け出す。蝶はふわふわと飛び、やがてアサガオの花にとまった。


「私のアサガオにとまった・・・」


おばあちゃんが枯れないようにと、ネットに巻き付かせたアサガオ。昔、私が持って帰ってきた、あの夏休みの、アサガオ。



まるで秘密の花園のコマドリのようだと、思った。
それとも、おばあちゃんが褒めてくれているのだろうか。




少し羽を休めたあと、蝶はすぐに羽を広げて飛んだ。


どこに行こうか迷うように、蝶はひらひらと宙を舞う。と思うと、行先が決まったのか、一直線に飛び始めた。

上を見上げる。そこには二、三羽ほど、同じ青色の蝶が飛んでいた。


太陽の光に透けて、羽の青色が地面を照らす。薄く染まった土は、きらきらと輝いて見えた。


「また、来てくれるかな」


今度は、あの蝶たちも一緒に。



気づけば、さっきまでの疲れが嘘のように吹き飛んでいた。
思わず笑みがこぼれる。今日はいつもより、頑張れる気がした。































『人生はごくたまに、自分がいつまでも永遠に生きられると確信できる瞬間が訪れる』

8/8/2023, 3:19:19 PM