藁と自戒

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昼休みの音楽室の隣の教室。そこをこっそり借りてお弁当を食べるのが好きだった。音楽室から部活なのか趣味なのかはわからないけれど楽しそうにピアノの鍵を叩く音が聞こえる。知ってる曲が演奏されたり、知らない曲が演奏されたり。昔ピアノを習っていたからそこそこ曲の知識には自信があった。でも知らない曲の方が楽しそうに演奏していて聞いてて気分が良かった。ピアノが苦痛になり辞めた身としては尊敬と、ほんのちょっと嫉妬心みたいなのがあった。そんな昼休みが好きだった。
ある日からピアノの音が聞こえなくなった。しーんと静まり返っている音楽室。どうしちゃったんだろうと思ったが、1度も足を運んだことがないので真相を知るために教室を尋ねるというのは出来なかった。そんな日が数日続いたある日、音楽室から音が聞こえた。これはあの人の伴奏じゃないっていうのはわかったけど、堪らず、音楽室へ駆け込んだ。ゆったりと演奏していた初老の彼は珍しい来訪者に演奏の手を止めた。そこで、毎日のように弾かれていたピアノのこと、最近弾かれることがなくなったこと、いろいろ知った。知りすぎてしまった。どうやら病弱だったらしい。
悲しさというか喪失感というか、いたたまれない日々を数日過ごした。数週間、数ヶ月と時間は飛ぶように過ぎてその日は突然やってきた。下校時刻、自転車で音楽室の前を横切った時、その音が、その演奏が聞こえた。彼の曲だ。そう思った私は自転車を停めその場に立ち尽くす。窓からは真っ暗な音楽室。やっぱりこの曲は、と思った。

8/13/2023, 4:03:59 AM