404

Open App

《もうひとつの物語》

「何してんのー?」
「ぅひゃっ!?」

放課後の教室、突然後ろから声をかけられて飛び上がった。
地味で目立たなくてぼっちの僕に話しかけてくる人なんていないからだ。

「少年、もう空が真っ赤だぜー?
帰らなくていいのかい?」
「す、すみません…」

”少年”…いや、クラスメートでしょ…
…という言葉は飲み込み、目の前のマイペースな彼の名前を口に出す。

「金剛…日向、くん…?」
「わし、少年に名前教えたことあったっけ」
「いやあの…日直記録帳に書いてあるので…」
「あれを丸暗記してんの?変わった趣味だね」

そう言いながら目の前の”金剛 日向(こんごう ひなた)”は、校則で禁じられているはずのお菓子の包み紙を目の前で堂々と開けて口に入れる。
僕が風紀委員だったら立場上止めなきゃいけないんだろうけど、生徒指導室常連の彼を僕ごときが止められる気がしない。
それでも日直日誌を読み全クラスメートの名前を丸暗記するのが趣味な変人と思われたくないので弁明する。

「ま、丸暗記はしてませんし、趣味でも無いですよ…」
「もしかしてわしのことが好きとか…!?すまんの少年、わしは故郷に妻がいてな…ほらこの通り指輪も」
「そういうのじゃないです…しかもそれポテコじゃないですか。かなりクラスで目立っているので覚えてるだけですよ。」
「ちぇ、真面目だなぁ」

不服そうな顔をしてさくさくと薬指にはめたポテコを食べる彼。こんな癖の強いキャラが狭い教室にいたら嫌でも名前を覚えるだろう。
でも不思議と嫌じゃない。むしろ友達になりたいような…

「それ、気持ちいいくらい白紙だね」

急に現実に戻される。彼が指でとんとんと白紙の”進路希望調査書”を示す。

「今日までじゃなかったっけ?」
「はい…でも、埋められなかったから明日の朝イチに持ってこいって先生が…」
「なるほどなー。それで少年は居残りしてるわけだ」
「そうですね…」

頭の上で腕を組みながら彼は能天気にグミを食べる。そういえば彼は進路は決まったのだろうか?

「金剛くん…」
「日向でいーよ。タメだし敬語も外してくれよなー」
「…日向は、提出したの?」

彼のお菓子を食べる手が止まった。

「おー、渡されたその日に出したぞー」
「え!?」
「何だよー。そんなびっくりすることある?」
「い、いや…ごめん…
…ち、ちなみになんて書いたの…?」
「医者」
「えぇっ!?」
「声デカー」

予想外すぎる。ギャップとかいうレベルじゃない。
マイペースでやる気がないキャラが戦闘になるとめちゃくちゃ強い…なんていう、まるでゲームのような。
呆然とする僕に今度は彼が問いかける。

「少年は?」
「ぼ、僕は…まだ決められてなくて…」
「ふーん。じゃ、夢は?」
「へ?」

情けない声が出てしまう。
夢?…将来の夢なんて、とっくの昔に諦めたのに…
彼は続ける。

「やりたいこととか、好きなこととかないの?」
「え、っと…それは…」
「それとか、少年が好きなことなんじゃないの?」

僕のスケッチブックを指さす。

「でも…僕には才能がないから…」

下手なイラストを眺める。
稚拙な物語のプロットを眺める。
沈黙を柔らかく切り裂くのはいつだって彼だった。

「少年は自由だねぇ」
「そ、それってどういうこと?」
「そのまんまの意味だよ」

彼の言ってることは相変わらずよくわからない。
理解出来ずにいる僕に顔を近づけて、彼は。

「少年、才能が欲しいか?」

突然、魔王の台詞のような言葉をかけてくる。

「そ、そりゃ欲しいよ。でもそう簡単に…」
「おっけー。わしに任せとけってー」

夕陽に照らされた、彼の黄金のマフラーがふわりと、まるで天使の羽のように広がって。

「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきからどういうこと?せめて説明を__」

ただ混乱する僕の前から消えた。
”金剛 日向”という存在が、最初からいなかったように。
いつの間にか開いていた窓から心地よい風が吹いてきて、僕の眠気を誘う。

あれ、僕の名前は…
”彼”の名前は…

”彼の夢”はなんだったっけ?


_ぽかぽかと暖かい西陽が、僕を夢へと連れ出した。

10/30/2024, 1:59:59 AM