萌葱

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君は僕の手首を掴み、引いて歩いた。痛くないようにと幾分手加減はしてくれているのだろう。しかしそれでもしっかりと、離さまいというような意思が籠っているような君の手を、僕は振り解けずにいた。
いや、解こうと思えば、直ぐに解くことが出来た。僕の手首を掴んでいる手を捻りあげるなり思いっきり手を後ろに引くなり、どうとでもできたはずだ。けれど僕は君の手を振り解けずにいた。いや、解かずにいた。だから君が歩けば、僕も着いて行かねばならなかった。

君のシャツが生ぬるい潮風で膨らんだりへこんだりするのをぼんやりと見つめたまま、君に手を引かれるがままに歩いていった。歩く度にスニーカーの中に砂が入っていくようで、ほんの少し重くなった足を持ち上げてただひたすらに着いていく。

次第に海が近づいて来て、遂にもう目の前というところまで連れて来られた。そこで止まるかなと思っていると、君はばしゃんと音を立てて、陸に打ちつける海水に足を突っ込んだ。たしか君もスニーカーを履いていたはずだ。それなのに何の躊躇いもなく、履いたまま足を突っ込んだ。僕も手を引かれるがままにスニーカーを履いたまま海へと足を着けた。
さらに君はずんずんと海の中へ入っていく。僕はただそれに着いていく。

胸の少し下辺りまで海水が持ち上がってきたというところでようやく君は止まって僕を振り向いた。
君は泣きそうな顔をしていた。薄く唇を開いて少し震えた声を上げた。
「何で何も言わずに着いて来てくれたの、」
僕は少しだけ口角を上げて見せた。多分凄く下手くそで歪な笑顔になっていたことだろう。
やっぱり君に着いていくのなんて間違いだったのかも知れない。

けれど、たとえ間違いだったとしても、
こんなの間違いだって気付いていたとしても、僕は君の必死で縋るような手を拒絶するなんてこときっと出来なかった。

4/22/2023, 1:48:33 PM