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さて、今朝書いた文章(終点)は、常総線の中での出来事を書いただけで終わってしまった。
その文章も改めてこちらに載せた方が、親切なのだろうか。けれど、あちらも長いからなぁ…。
うーん…。

長くて読み辛いかもしれないけれど、ちょっと一応こちらにも置いておきますね。

その為今回は「終点」と「麦わら帽子」のテーマで、一つの文章となっています。

いつもとは違う作りですが、夏休みの番外編と思ってもらえれば幸いです。

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母親と行く親子二人旅。

車のない我が家は、電車旅が多い。
母親も私も、乗り鉄や撮り鉄ではないが、電車に乗ることは好きな方だ。

人生の中で一度は乗ってみたいと言い続けていたSLに今回とうとう乗ることになった。

SLの発車駅「下館駅」に向かうには、つくばエクスプレスの「守谷駅」から関東鉄道常総線へ乗り換え、「水街道駅」にて再度乗り換えが必要となる。

常総線「守谷駅」のプラットフォームにいると、母親が面白いことに気がついた。
通常、駅のアナウンスは「電車」という言葉を使うが「列車」という言葉を使っているという。
耳をすましアナウンスに注意を向けると、確かに「列車」と言っている。

プラットフォームに入ってきた車体を見て、納得した。
2両編成の車両の上部には、パンタグラフが付いていない。

調べてみると「ディーゼル」を使用した「気動車」と出てきた。

普段乗らない列車に乗るだけで、旅の気分は格段にあがっていく。

「下館」行きと書かれた列車に乗車したのだが、三駅先の「水街道駅」で乗り換えが必要だという。
通常、行き先の電車に乗れば、乗り換えは必要ないはすなのだが。路線ルールなのだろうか。とても不思議な感じがした。

「水街道駅」にて乗り換えをし、今度は一両編成で終点の「下館駅」へと向かう。
田畑が目立つ長閑な景色を列車は行く。
途中途中に止まる小ぢんまりとした駅も、味があって良い。

旅の気分を味わっていると、田園と筑波山の雄大な姿が織りなす、見事な景色が車窓に広がった。

薄黄緑。緑。時折、黄金色。

稲穂が風に吹かれている。

その光景を見て、思わず「あっ」と声を上げた。
一人散歩の時の景色が頭の中に広がっていく。
思い出の中の景色は、目の前の広大な景色よりも小ぢんまりとしたものだったが、記憶の彼方に置き去りにされていた、中学生の時の言葉が蘇ってきた。

「山が見えたら、もっと素敵なのに」

生きていると不思議な事はある。
つい最近懐かしいと思い出していた光景の、理想の光景が目の前に広がっている。

このタイミングで忘れていた言葉を思い出すだなんて。
まるでこうなることが、初めから決まっていたかのような。まるで、運命のような。

車窓の奥では、筑波山に見守られる稲穂が、そよそよ風に揺れている。

その光景を観ていると、滾々と感情が湧いてきて、体の隅々にまで行き渡っていくのを感じた。
透明で清らかなものに満たされていく心が、ふるふると揺れ琴線に触れはじめる。

過去。現在。全てに共鳴しあった心が、ハーモニーを生み出していく。
穏やかでどこまでも優しいその音に、鼻の奥がツンとする。

鼻を啜りはじめた私に、母親が「アレルギー?」と心配そうに聞いてくる。

違う。違うよ。

心が溢れて零れそうなんだ。

そう伝えたかったけど、言葉にならなかった。

終点の下館駅に着くまで、私の心は共鳴の音を奏で続けていた。

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真岡鉄道は、茨城県の下館駅と栃木県の茂木駅を結ぶ、全長41.9キロの路線だ。

SLは、9月と10月を除く土日に運行している。※一部例外がある為、乗る際は要事前チェック

SL発車時刻の1時間前に着くようにしたのだが、SLのプラットフォームにはすでに人が居る。
家族連れ。カップル。撮り鉄の方だろうか、立派なカメラを持った人もちらほら。
皆、何故かプラットフォームの前あたりで待機している。

プラットフォーム後方のベンチに座りながら「皆さん早くから居るんだなぁ」と感心していると、踏切が鳴りだした。

ガタゴトと車輪の音を響かせプラットフォームに入ってきたのは、SL真岡の回送・補助をするDE10 1535。赤いガッチリとした車体は、ラガーマンのように頼もしい。
力強い走行に見惚れていると、その後ろに茶色い客車が3両と黒光りする車体の後ろ姿が見えた。SL真岡。主役のご登場だ。

車輪の回転音に混じって、蒸気を吐き出すシューッと言う鋭い音がする。
ブレーキと共に重たい金属音が、ガチャンと響いた。

ラガーマンの様な赤い車体を写真に収め、人だかりのある前方へと向かう。

これまでSLは博物館などで見たことがあるのだが、現役のSLを見るのはこれが初めてだ。

人の邪魔にならないよう後ろの方から、SL真岡をそっと伺った。

漆黒の重厚な車体は、まるでスチームパンクの世界から抜け出してきた乗り物のように見える。その一方で、歴戦の戦士といった貫禄も滲み出ている。
非常に格好良い。
つい何枚も写真を撮ってしまった。

車体待機の間、汽笛の音と黒煙を吐き出す姿を堪能出来るので、早い時間に行くのはおすすめだ。

SL真岡の車内は、緑色のボックス席とロングシートの2種類がある。天井には細い蛍光灯と古い型の扇風機があり、荷物を載せる網棚は金属製というレトロ感満載な作りをしている。
ボックス席に座ることが出来たので、ここでも写真をいっぱい撮ってしまった。

午前10時35分。

汽笛が鳴り、車体がゆっくりと動き始めた。
シュッシュッと言う音に、ガタンゴトンと重いジョイント音も響く。
窓の外では、黒煙がスーッと流れていく。
電車では決して見られない光景だ。

SL真岡には扇風機以外の冷房がない為、乗客の多くは窓を開けている。
その窓から、黒煙が入り込むからだろうか、車内は不思議な香りがする。
木が燃えた時とも、炭の香りとも違う。
これまで、体験したことがない香りだった。

車内で読もうと、銀河鉄道の夜を用意していたのだが、読もうとして驚いた。
表紙がザラザラとしている。
どうやら窓から入り込んだ煤がついてしまったらしい。
これまた電車ではあり得ない経験だ。
本を読むのではなく、SLを堪能しなさいという事だろう。
内心感動しながら鞄の中に本をしまい、SLに身を任せることにした。

SLが走るリズムは、電車のリズムとは異なる。
通常の電車は、ガタンゴトン…ガタンゴトン…とリズミカルだが、SLはガタンゴトトン、ガタン。人のことをとやかく言えないが、意外とリズム音痴だ。
けれどそれがまた、味があると感じるのだからSLというのは不思議である。
…もしかしたら、贔屓が過ぎるのかもしれないが。

SLに乗っていると、手を振る人たちとよく出会う。
麦わら帽子を被った小さな子だけでなく、バスの運転手さんやカフェの店員さん。道を行く人や自家用車に乗る人たち。
皆がニコニコしながら手を振っている。

そういう人たちを見かけるたびに、私も母もそっと手を振り返した。

とても平和な光景だと思う。
その一方で、よく考えると不思議な光景だとも思う。

SLに向かって、或いは、SLの乗客に向かって、何故人は手を振るのだろう。
何故、手を振り合うと、こんなにも心がほっこりとするのだろう。

心理学の中には、ミラーリングという行為がある。
人の行動を真似することによって「共感」が生まれ好意などを抱くという効果があるが、それとも違う気がする。
もっと、人の奥底にある温かさの根源に繋がっているような──。

笑顔で手を振り返す人が、こんなにもいるのだと思うと、自分の人生も捨てたものではないなぁとしみじみと感じた。

沢山の初体験をしたSL旅の一部を文章で綴ってみたが、綴りながらも良い体験をしてきたなと心から思う。

また、こういう旅が出来ることを願いつつ。

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最後まで読んでくださりありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

8/11/2024, 12:41:47 PM