NoName

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 夢を見た。その世界には、ぼくとあなたしかいなかった。
 柔らかな陽光が降り注ぎ、応えるように緑が栄え花が綻び、歓びの歌まで聞こえるような、楽園のような場所だった。
 ぼくたちは手と手を取り合い、子どものようにはしゃぎ笑い踊った。ああなんて幸せなのだろう。あなたとふたり、永久にこうしていたいとさえ思った。
「――きて、おーい、起きて。おはよう!」
「ふが、っ……ああ……?」
 意外と力強い揺さぶりで起きた。慌てて上半身を机から引き剥がす。ちょっとよだれが垂れていた。恥ずかしい。
 仕事中、突っ伏して寝ていたぼくをこちらの世界に引き戻したのは、よりにもよってあちらの世界で一緒に歌い踊っていたあなただった。咎めることなく「お疲れなんですね」と労いの言葉をかけてくれるあなたの優しさが、今はちょっと切ない。
「起こしてくれてありがとうございます」
 あなたの手で壊されたぼくの楽園。返したぼくの言葉のなんと皮肉めいたこと!
「いえいえ。今日は帰ったら早めに寝るんだよ」
「そうですね。そうします」
 曖昧に頷きながら、ぼくは束の間の幸せを反芻する。
 
【楽園】

5/1/2023, 5:53:29 AM