「鮮やかな世界」(即興フィクション)
色というものは一体何なのだろう。この光の濃淡は違うのだと皆は言う。同じ闇にも、赤や青という名前が付いているらしい。
大抵、私と出会って間もない人は、空は時間によって色が変わるのだよと、得意げに言う。それくらい私も知っているのだと、口に出す事は無かったが。
赤信号、青信号、緑をあおと言ったりすること、トランプのハートやダイヤは赤いこと…。世の中には、当たり前の様に、色が満ちていると、私は知っているけれど、それを本当の意味で知る事は無いだろう。別に、それで良いんだけれどね。
…
朝食のトーストを食べながら、テレビで、ニュースを見ていると、また、「メガネ」の話が流れていた。近年、科学が発達して、目の見えない患者に、視覚情報を伝える事の出来るメガネという物が、開発されたのだ。病院で診断さえ貰えれば、誰でも、メガネをかけるにあたって必要な治療と、メガネの購入が、安価で出来るそうだ。今となっては、有名な事だが、私の様に、色の認識出来ない人も、対象らしい。
正直、そこまで興味は無かった。不便な事も、無くは無いけれど、大した支障には繋がらなかったから。それでも、友人が、是非、是非と、勧めるので、私は、仕方無く、そのメガネを購入する事にした。
太い縁の、デザイン性の悪い物だったが…。これの為に、手術までするのだから、大いに、期待させて貰おうか。
…初めての手術は、大して怖い物では無かった。
遂にメガネを受け取る日になると、友人が、付き添いに来て、ずっと、繋いだ手を振っており、落ち着かない様だった。
病院へ着くと、詳しく、説明がされ、中々、手軽な物では無いなあと思った。そのメガネを受け取った時には、これをかけたら死ぬのでは無いかと、なんの根拠も無い、漠然とした不安を感じた。友人が、私の服の裾を握るのが、これ程安心出来る物なのだと知った。
…医者や看護師や友人の、痛い程の視線を受けながら、私はメガネをかけた。
その瞬間、私に、まるで、誰かに、目を、刺されたのでは無いか!という様な、錯覚が引き起こされた。その診察室は、普段見えている物と全く違うものに見えた。あんまりにそれは鮮やかで、カラフルで、これが色という物なのだと思った…。皆はずっとこれを見ていたという事だろう?目に挟まっていたフィルムが急に剥がれた様だと言うべきか。
ぺたぺたと、周囲の物を、片っ端から触った。ちゃんと、これはパンフレットである。パンフレットはこんなにも綺麗だったのだ。この文字達は何色で出来ているのだろう。
私は、周囲を見回した。振り返った。友人に、これが何色なのか、聞きたかったから。
…
友人は、カラフルだった。
何となく、自分の手を見た。私は、カラフルだった。ずっとずっと、カラフルだったのだろう。
きっと、私の手は、寒色というものなのだな。やけに、エアコンが、強く感じた。
私は、メガネを、置いた。
#1
9/29/2025, 5:11:50 PM