「なんて怖い顔してるんですか。」
穏やかな表情で男はそう言った。
清潔感の漂う部屋の中。傍らには沢山の機械類と今にも泣き出しそうな人達。その中心に男はいた。ベッドの上に横たわって、沢山の管を白い身体に繋げている。彼の生命はもう長くない。
傍で手を握る女はそれを許さないとでも言いたげな顔で男を見ていた。左手の薬指には、揃いの結婚指輪が寂しげに輝いている。
「俺はね、なんにも後悔はしてないんですよ。貴方と出会えたこと、貴方と一緒に過ごせたこと、貴方よりも先にいけること。」
「貴方はいつでも俺より前を歩いて行くんですから、こんな時くらい、先をいかせて欲しいんです。」
ゆっくりと言い聞かせるように、しかし、か細い声で男は身勝手な想いを女に伝える。
「だけどね、これだけは譲れないんです。」
そう言って、男は女の頬に手を伸ばした。
「貴方の最期もその先も、ずっとどこまでも。貴方が想うのは俺だけであるべきだと。」
そう言って彼はにっこりと笑みを深めた。
10/12/2025, 7:04:06 PM