真愛つむり

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先生から休みの連絡が入った。

どうやら風邪を引いてしまったらしい。

こんな時、自分が先生の恋人だったらと歯がゆく思う。せめて大人だったら、看病しに行けるのに。

先生と会えない1週間は、とてつもなく味気なかった。友達といるのも好きだけど、先生は特別だから。

先生から体調が戻ったと連絡が来た時は心躍った。父が話している横で、代わってもらうチャンスを虎視眈々とうかがう。

やっと大人の話が終わって私の番。ウキウキで父のスマホを受け取った私は、次の瞬間落ち込んでいた。

「君には申し訳ないけど、もう1週間休ませてほしいんです」

「えっ!? な、なんでですか??」

「大学のほうで外せない用事ができてしまいました。本当にごめんなさい」

「……はい」

父にスマホを返し、自室に引っ込む。先生は日頃から進んだ授業をしてくれている。だから数日休んだからといって、私が苦手な算数の授業でも置いていかれる心配はない。

でも私の心は全然平気じゃない。

寂しい。寂しい。寂しいよー!!

私は窓を開けて絶叫したい気持ちをグッとこらえて、枕に顔を埋めた。


「えっ、今日も……?」

「うん。なんでも、小学校の恩師が事故に遭ったらしくてね、元クラスメイトとお見舞いに行くんだと」

さすがに抗議してやろうと構えた姿勢が、『恩師』という単語に崩された。私だって先生に何かあったら、友達との約束を断ってでも駆けつける。

「煌時くんに謝っておいてくださいってさ。明後日は必ず来るって」

「……わかった」

私はそれだけ言って部屋にこもった。あることを思いついたからだ。思い立ったが吉日。即実行あるのみ。

翌日、私は初めて通る道で自転車を走らせていた。

先生の家は以前、Googleマップの使い方を教えてもらった時に見ている。すぐに見つかるはず。

私は逸る気持ちを昇華させるべく懸命にペダルを漕いだ。

先生の住むマンションに着いた。駐輪場の適当なスペースに自転車を停め、玄関へ。向かおうとした時、誰かが出てきた。

(わ、すっごい美人)

サラサラのロングヘアーを風に靡かせ、スラッとした長い足で堂々と歩く姿は百合の花。アスファルトを打つヒールの足音がやけにはっきりと聞こえる。

ここの住人だろうか。先生と知り合いだったらちょっとやだな、なんて。

私は子どもじみた嫉妬心を、目を閉じて振り払った。

ところが、直後に聞こえた声にハッとしてすぐに目を開けた。

先生が玄関から出てきて、名前を呼びながら小走りで美女を追いかけている。振り返った美女は先生から何か受け取って、お礼を言って、再び歩き出した。先生は玄関へと戻っていく。

……え、知り合い?

ていうか、さっきまで一緒にいたの?

私は動揺しまくってキョロキョロと視線を動かした。やがて2人の姿は完全に見えなくなったが、私の足は固まったまま動かなかった。

先生、あれ誰?

どういう関係?

私は先生に会えないことがもう1日も耐えられなくて、普段あまり使わない自転車を引っ張り出してここまで来てしまった。

なのに先生は、別の人と一緒にいたんですね。

たしかに、私は先生の恋人でも何でもないけれど。


私は下ろしたばかりのスタンドを上げて、サドルに跨りその場を去る

ようなことはしなかった。

ピンポーン ピンポーン

先生、部屋にいるのはわかってます。
隠れても無駄ですよ……

『はい……え? 煌時くん!?』

「先生、お久しぶりです」

私が怒っていることは声色からして明らか。先生は驚きつつもすぐにドアを開けてくれた。

「どうしたんですか、急に訪ねてくるなんて」

「先生に会いたくて。悪いですか」

「いえ……」

先生は私が怒っている理由を考えているだろう。しかし正解にはたどり着けまい。

「こんなに長く休んでしまったことは、本当に申し訳ないと」

ほら、やっぱり。

「それはもういいんです」

「え、いいんですか」

「それより、さっきの人。一体誰なんですか」

「え?」

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花って感じの女の人ですよ!!」

「えっと……」

先生は返答に困っている様子だった。

「浮気ですか」

「はい?」

「私の目が届かないのをいいことに、美女を家に呼んでイチャイチャですか!」

「いや、そもそも私と君は……いえ、浮気はしてません……」

私の睨みが効いたのか、先生は言い直した。

「彼女は、恩師の奥さんです。お見舞いに行ったお礼の品を持って来てくれただけです。これから次のクラスメイトのところに行くと行ってました」

「本当にそれだけですか?」

「本当です」

それなら、まぁ……ん?

「え、待ってください奥さん? 娘さんじゃなくて?」

「ああ、驚いたでしょう。ああ見えて○十代らしいですよ」

「へ、へぇ……てっきり先生と同じ大学生かと」

「昨日私の友人からも言われて、よく言われると笑ってました」

なるほど。

「気は済みましたか?」

誤解が解けて、いつもの落ち着きを取り戻した先生が私を見る。

「っ……いえ、まだです。2週間も放っとかれたんですから」

「おや、それはもういいとさっき言ってませんでしたか?」

「う、うるさいです!!」

論理的な反論ができなくなった私は、先生の腕に額を押し付け顔を隠した。先生は反対の手で私の頭を撫でた。

「困りましたね。どうしたら許してもらえますか?」

ちっとも困ってなさそうな声だ。

ムカつく。好き。

「……デートしてくれたら許してあげます」

「ふむ。近くに美味しいクレープ屋さんがあります。行ってみますか?」

私は赤くなった顔をまだ見せたくなくて、下を向いたまま頷いた。近くなら、うんとゆっくり歩かなきゃ。先生といられる時間を少しでも長く……

「そういえば、君はここまでどうやって?」

「自転車です」

「では、ついでにサイクリングでもしますか。ちょっと遠くまで」

「……いいんですか?」

「はい」


私は先生の後ろでペダルを漕ぎながら心に決めた。また自転車に乗って、先生に会いに来ようと。


テーマ「自転車に乗って」

8/14/2024, 1:19:17 PM