空が明るさを取り戻す頃、僕は本来の明るさを取り戻せずいる。空が明るくなると同時に彼方此方でアラームが鳴って、規則正しく起き規則に基づき働くのを想像し自己否定に陥る。出勤や通学で行き交う車で騒がしくなるまであと少し。まだ仄暗く運送業者が何かを運ぶ音が聞こえる。それを聞く僕はカーテンが閉ざされた部屋の中。本来の明るさと言ったけれど周りがそう勝手に言っているだけだ。
誰が暗く振る舞うかよという話なのだ。娯楽化された暗さに憧れたものしかいないだろう。装飾的な暗さや病みが好きなだけで僕なんかと分かり合えるとは到底思ってはいけない。そういう奴は美化された苦しみが好きなだけで現実の弱者や苦しみに寛容なわけではないことを肝に銘じておかなきゃいけない。世間は明るくなると生産性を取り戻す。生産性の音が僕を殺す。正しくは自分で殺しているが、人のせいになんとかしたいのだろう。出典も何もかも過去しかない中古品は今日も過去に泣かされる。
郵便配達の音がする。世界で自分一人だけが何もしてないのではないかと被害妄想を繰り広げる。
身の回りで考えるからそう思うだけなのは分かっている。
夜になれば光だけになる。車の光コンビニの光くらいだろうか。田舎だから街灯もない。深夜に街へ繰り出してみると自分に似た落ちぶれた人間しかいない。勝てない勝負はしないの価値観で深夜の街へ繰り出す。明るくなれば人の視線に顔が見られる。何もいいことはない。
勝てない勝負はしないから成長しないまま。
今日も歪んだ価値観から世間一般を嫌い妬む。
「昼」を嫌い「朝」を嫌い「人」を嫌い「接触」を嫌い
「休日」を嫌い「祝日」を嫌った。
世間一般を嫌うことで同じように嫌っている人間と繋がりたいとか共感を求めているという事実に気づくとより一層自己嫌悪が深まるばかりだ。
4/29/2025, 8:43:28 AM