"誰かのためになるならば"
あれは消耗品の補充をしていた時。人がせっせと包帯やらガーゼやらを補充しているのを尻目にゲームしやがって。患者とはいえ、めちゃくちゃピンピンしているくせにうちに入り浸りやがって、ほぼ居候じゃねぇか。そんな元気ならちょっとは手伝えよ。などと心の中で悪態をつきながら睨むが、当の本人はなんのそので何処吹く風。ただゲーム機から流れてくる声やら音楽やらのみが部屋の空気を揺らすだけ、小さく溜息をつきながら作業を再開した。
──えぇーと、これはあっちの棚で、これが…。
『どうした…見ているだけか?』
なんて考えていたら後ろから不意に聞き慣れない声がして、驚いて肩が跳ねる。
──なんだ、ゲームか。
すぐに声がした方を振り向いて、声の正体を確認すると安堵し作業を再開する。
『我が身大事さに、見殺しか?』
声は話続ける。
『このままでは本当に死ぬぞ?』
『それとも、あれは間違っていたのか?』
──最近のゲームはこんなのがあるのか?ちょっと言ってる事重くね?
なんて考えているが、なんだかちょっと他人事には聞こえなくて、耳を傾けたまま作業をする事にした。
『良かろう…覚悟、聞き届けたり。』
『契約だ。』
──契約…なんかファンタジー系のやつか?
『我は汝、汝は我…』
──なんか前にどっかで聞いた事あるようなセリフだな。
『己が信じた正義のために、あまねく冒涜を顧みぬものよ!』
『その怒り、我が名と共に解き放て!』
「…。」
思わず手が止まる。そのセリフと共に5年前の事が頭をよぎった。さっきからまるで自分の事を言われているような気がする。
『たとえ地獄に繋がれようとも全てを己で見定める、』
『強き意志の力を!』
「…。」
補充作業を終えると急に外の空気を吸いたくなり、部屋を後にして外に出る。壁に寄りかかると溜息を1つ吐いて呟く。
「"あまねく冒涜を顧みぬもの"、か…。」
考えてみれば、今までの俺は周りの言う事など気にせず、自分の信じた道をただひたすらに進んで来た。まぁ、その結果自分の未熟さゆえに免許を剥奪され、無免許医になったんだがな。
『それとも、あれは間違っていたのか?』
…違う、間違ってなんかいない。もし俺が行かずに大人しく待機していようものなら、もしかしたらあの患者が、ブレイブと約束を交わせずブレイブが着くのを待たずと消えていたのかもしれない。もし時間稼ぎになっていなくとも、あの時俺が下した決断は俺の正義を貫いた結果だった。
これまでだってそうだ。誰かに"間違っている"と言われようとも、俺が貫いた正義だ。何の悔いもないし悔いたくもない。…では俺の正義ってなんだ?
どんどんと流れてくる思考の波に、幾度も幾度も答えて行く。
「"誰かのためになるなら、自分はどうなったって良い"。」
まさに典型的な自己犠牲だった。言い方はどうあれ、これまでの自分の思考の根幹にあったのはこの言葉で、この言葉が1番しっくり来た。
ゲームキャラに言ったセリフなのだろう、あのセリフを言われていたアイツと俺が重なって思えて、姿も声も分からない相手に急に親近感が湧いた。
──後でなんてゲームなのか、アイツに聞くか。物語だけなら、小説版とかねぇかな?
そんな事を考えながら院内に戻った。
7/26/2023, 12:15:07 PM