猫宮さと

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《いつまでも捨てられないもの》

3年前に闇の眷属に蹂躙された帝都だけど、軍の施設は利用価値が高いからかその被害を受けずにそのまま残っている。
ここは、そんな帝国軍の中にある一般兵向けのエリア。
あちらこちらで、制服を着た人達がバタバタと動き回る。
手に持つのは、箒に塵取り、バケツに雑巾、モップにはたきに大きな袋。

何でもここの建物内に害虫…いわゆる黒光りするアノ虫が大量発生したらしく、今は大掛かりな駆除作戦に行く前の大掃除の途中なのだそう。
ここには、彼と一緒に責任者と害虫駆除に必要な期間と予算の話し合いの為。
今はその話し合いが終わって、一般兵の宿舎に入っている。
無関係の私がなぜ一緒にいるのか。それは、

「いい機会ですから、一般兵の生活ぶりを見学してみませんか?」

と誘われたから。
…少し前に、私が兵士さんに手紙で呼び出されてホイホイ応じちゃったのに関係してるのかな?
あの時は話のほぼ出だしで彼が来たから、何の用事か結局分からなかったけど。

廊下を歩く兵士達が、彼を見ると立ち止まって敬礼する。
彼が労いの言葉を返し、私は軽く会釈をする。
通りがてら、廊下に出されている不要物や掃除中の部屋のいくつかを軽く検分する。
一部の兵士さんは、私と彼の顔を交互に見て青ざめている。
その様子に、

「あの、これ私がいてもいいものなのですか?」

と聞けば、彼は

「女性に見られても問題無いくらいまで綺麗になれば、害虫騒ぎも収まるでしょうから。」

と。厳しいご意見、ありがとうございます。
兵士の皆様方にはご心労お掛けしますが、ご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

そして各部屋を見て回る。

ある部屋は。

「大量の薄汚れた肌着。」
「洗濯が億劫だったのでしょうか?」
「各自の洗濯の徹底を指示。」

彼は、手にしたメモに気付いた事を書き留めていく。

次の部屋は。

「袋詰めされたキノコ。」
「うわ、凄い。どこに生えていたのか…」
「…考えたくもないですね。」

寝具の天日干しを徹底、と彼のメモ書き。

そしてその次は。

扉の入口をバッチリ塞ぐくらいに、大量に積まれた本。

「! これは見ないように!」
彼の手に、急に両目を塞がれた。

「あ! ああ、なるほど。そういう本なんですね!」
突然触れられた驚きにどもりながら答えると、

「無理して平静を装わなくてもいいですから。」
と。平静を失ってるのは本のせいじゃないんですけど!

まあある意味お約束の展開を経て、また次の部屋に向かうと、一人の兵士が直方体の金物の箱を手に悩んでいた。

「お疲れさまです。どうしましたか?」
彼が声を掛けると、

「お疲れ様です! あの、冷蔵庫の奥にあったこれなのですけれど。」
と、敬礼をした兵士が、手にした包みを差し出してきた。

「かなり以前の物なので捨てるべきなのでしょうけど、異常も見られないし変な臭いもしないので、怖いもの見たさで食べてみたくなっていまして。」

「ふむ、これですか。」
と、彼は片手の平で支えられるくらいの箱を開けて中身を観察する。
箱の中身は、しっかりと油紙で包まれた、箱にピッタリと合うサイズの物だった。
私も覗かせてもらったけれど、微かに鼻を擽る洋酒の香り以外は感じない。包みを見る限り、カビとかもなさそうだけど。

「これの中身は何ですか?」

と、彼が当然の疑問を口にした。
それに、兵士が返事のお手本のような快活さで答えた。

「はい! 20年前のフルーツケーキです!」

「はあっ?!」

目を見開いて仰天した彼の声が、宿舎中に響き渡る。
まあ、普通はそうか。
でも…。

「…貴女は驚かないのですか?」

半ば呆れた様子の目で、彼は私に聞いてきた。

「はい。下拵えと保存状態がよければ100年以上は持ちますから。」

こちらの情報ではないけれど、私はそれを知っているから。

「軍用食の研究に使えると思いますよ?」

まっすぐに彼の目を見て答えると、彼は呆れていた目をきょとんとさせて、薄く口を開いて固まった。
ほんの少し眉間に寄せられた眉を見るに、今は入ってきた情報の整理をしてるところなんだろうな。

しばらくその様子を見つめていると、一瞬意識を私に向けた彼が、メモにペンを走らせていた。

「…そのフルーツケーキは、今すぐ軍の研究課に提出してきて下さい。」

そう言って、彼は自分のサインを入れたメモを兵士に手渡した。

「はい! 承知いたしました!」

その指示に従いフルーツケーキを急いで提出に走った兵士の背中を見ながら、彼は独り言ちた。

「…何でしょうか。なぜ不要物をいつまでも捨てられないものなのでしょうかね。」

うん。
真面目で規則正しくて、強い彼がその疑問を抱くのはよく分かる。
なので、私は自分の考えを口にしてみた。

「もちろん性格もあるのが大前提ですけど、精神的な疲労が溜まると捨てるかどうかの選択が既に辛いものになるのかな、と。」

これも、私が『持っている』知識。
それを聞いた彼は、驚きながらも思案を深めている目で私を見つめてきた。
その後、ふっと一つ息を吐いてまたメモを書いた。

「…兵士の精神状態に更に気を配るよう配慮しないといけませんね。」

よかった。
せっかく連れてきてもらったんだもの。この害虫騒ぎも、有意義なものになるといいな。
私は何かにホッとして、顔を緩ませた。

兵士の皆様、お疲れさまです。
これからも頑張ってくださいね。

8/18/2024, 2:46:39 AM