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桜散る(オリジナル)

ひらひらと舞い散る桜を眺めていると、思い出される光景がある。
桜並木の続く公園。
前を、妻が歩いている。
楽しそうに。
スカートをひらめかせて。
僕の手には犬の手綱。
当時飼っていた、タロと言う名の柴犬だ。
時々こっちを見ながら、とっとこ前を歩いている。
笑い声。
僕と彼女の。
「桜は散り始めが一番好き」
彼女が、笑いながら言う。
「花吹雪、とても綺麗よね」
彼女の手が、僕の頭に伸びて。
「頭に花びらついてるよ」
ほら、と、つまんだ花びらを見せてくれた。
「ありがとう」
男は頭に花なんてのせるのは恥ずかしい時代だった。
僕は礼を言った。
幸せな。
幸せな記憶だ。

あれから60年。
妻も、タロも、もういない。

けれど。
幸せな記憶はまだ鮮明に、僕の頭に残っていて。
タロが虹の橋を渡る前、最後にカートに乗せて桜を見に来れたこと。
妻が天に召される前、最後に手を繋ぎながらこの桜並木の下を歩けたこと。
悲しくて胸いっぱいで泣きそうになるけれど、それでもやっぱりどれも、幸せな記憶なんだ。

桜並木はすっかり老木になってしまったけれど、昔を思い返せるほどにはそのままで。
僕は年老いて、すっかり衰えた足で、前に進む。
あと何度こうして、幸せな記憶をなぞる事ができるだろうか。

桜は散る。
今年も春が終わる。
僕は頭に桜の花びらをのせて家に帰り着く。
そして、その花びらを、妻とタロの遺影に供えた。
今日は僕の誕生日。
今年も生きた。
「また来年」
ひとりは寂しいけれど、生きるも死ぬも幸せな結末にしよう。
そう決めている。
写真の妻とタロが、微笑みかけてくれた気がした。

4/17/2026, 2:16:11 PM