『言葉はいらない、ただ……』2023.08.29
俺の奥さんはどこにでもいる奥さんだが、よく俺たち家族をまとめてくれていると思う。
俳優だなんて、どっちに転ぶか分からない仕事をしている俺を気遣ってくれるし、やんちゃ盛りの息子二人の相手をしているし、そのうえ、産まれたばかりの娘もあやしている。
全国公演や地方ロケとなると家にいない俺にかわって、我が家を護っているのは彼女だ。
だから、家にいるときは家事全般を引き受けているし、母の日には毎年贈り物を贈っている。
彼女は弱音を吐かない強い人だ。俺の悩みはもちろんのこと、同じ演劇ユニットのメンバーの話もよく聴いてくれる。うちの最年少のアイツなんて、彼女のことを「ママさん」と呼んでいる。
ことさら懐いていた彼を、彼女もかわいがっていた。
トラブルに巻き込まれた彼を、誰よりも心配していた。
「元気にしているかな」
と寂しそうにこぼしている。
だから、彼が空に行った「ほんとう」を知ったとき、彼女はたいそうショックを受けて寝込んでしまった。
二十年越しに開かれた「お別れ会」に、彼女も出席した。祭壇に飾られた彼の姿は、最後に会ったときの若々しいまま。記憶に残る、彼だった。
「うちに来てくれたらよかったのに」
彼女は、それを強く強く後悔した。
助けてだとかつらいだとか。そんな言葉はいらない。
ただ、うちに来てくれるだけでよかった。
8/29/2023, 12:26:20 PM