「『風鈴とは、日本の夏に家の軒下などに吊り下げて用いられる小型の鐘鈴』。
去年はコレで、風鈴のハナシ書いたわ。『暑い夏に、部屋で吊るせる風鈴を贈ろう』って」
今年はどうすっかな。風鐸かな。銅鐸かな。
某所在住は鐘をネット検索しながら、どこかに書きやすい抜け道など無いか思考を巡らせた。
「『鐘(しょう)』なら寺にあるみたいな釣り鐘、
『当たり鐘』であれば福引等のガランガラン、
ハンドベル、振り鈴も構造としては『鐘(ベル)』。
ドア開いた時のチリンチリンは『ドアベル』か」
手強い。難しい。 なおも鐘を漁る物書きの目に、今年も「風鈴」のウィキページが留まる。
結局、身近にある事物が一番王道で近道のような気がするが、はてさて、云々。
――――――
酷く暑い「微熱程度の気温」が勢力を弱めて、酷暑間近から猛暑間近まで、少しだけ、限りなく少しだけ予想最高気温の下がった都内某所です。
カラカラカラ、ちりりりちん。
某深めの森の中にある、某不思議な稲荷神社の敷地内では、手水の屋根の上にガラスの風鈴と鋼のウィンドチャイムが飾られました。
森によって微量若干だけ冷まされた風は、小さな鐘鈴に当たってそれらを揺り動かします。
カラカラカラ、ちりりりちん。
鐘鈴の音は、稲荷神社に涼しく、美しく響きます。
聴覚的な涼しさと日陰の心地良さは、参拝客を少しだけ、夏の暑さから遠ざけるのでした。
で、
その風鈴風鐘のゆらゆらチリチリを、
揺れる猫じゃらしか何かと間違えているのか、
手水の岩の上にお座りして凝視する子狐が1匹。
その子狐の今後が簡単に予測できてしまうので、ハンドタオルを用意してそれを見守る参拝者がひとり。
参拝者は名前を藤森といい、
鐘鈴を狙う子狐は神社在住の子狐でした。
「子狐。おい、こぎつね」
チベットスナギツネのジト目で、藤森、神社名物の冷やし甘酒を堪能しつつ鐘の音の下を見守ります。
「手水に落ちるぞ。降りなさい」
藤森の声なんか、子狐、知りません。
だって眼前で狩猟本能をくすぐる物体が揺れているのです。小さく動いているのです。
これは狐として見過ごせぬ。コンコンこやこや。
「だから。その過程で手水に落ちると言っているんだ。ほら、良い子だから、降りなさい」
良いんですか、あのままにしておいて。
藤森、稲荷神社の売店の巫女さんに確認します。
落ちて濡れて嫌な気分になれば学びますし、落ちて冷たく心地よかったらそれも学びますよ。
売店の巫女さん、穏やかに笑って藤森に答えます。
ふたりの問答なんて知ったこっちゃねぇのコンコン子狐は、手水のド真ん中に陣取る風鐘をロックオン。
これを得ようと、心に決めました。
まぁ、落ちるでしょう。お約束です。
最終的に手水にドボン。あわあわ慌てて這い上がって、ぶるんぶるん。御狐ドリルするのです。
「参拝者さん、冷やし甘酒のおかわりはいかが?」
「十分です。ありがとうございます」
「では、甘酒を使ったかき氷は?」
「本当に、十分です。また今度いただきます。
ちょっとこの後、寄りたい店がありまして」
「なるほど。私の娘のとこの茶葉屋で水出し茶葉を買いたいから、出費を節約しておきたいわけだ」
「えっ、」
「今週限定で、レモンと柚子ブレンドの塩が少しだけ入ったフレーバーティーが3割引きですよ」
「なぜ、……え?」
「娘の店をごヒイキ頂き、ありがとうございます」
「はぁ……お世話になっております」
「5箱くらい取り置きさせましょう」
「すいませんそんなに要りません。自分で店に行きますのでお気遣い結構です」
まぁまぁ遠慮なさらず。 いや本当に結構です。
藤森と売店の巫女さん、商売繁盛なおしゃべりをして、ペコペコ勘弁してくださいのお辞儀して、また来てねからのスタコラサッサ。
カラカラカラ、ちりりりちん。
風鈴風鐘の音はそれらすべてを包み込み、
結局コンコン子狐は、手水の屋根に吊り下げられた風鐘に飛びかかろうとしてボッチャン。
お約束どおり、手水の冷水にダイブしましたとさ。
8/6/2024, 3:13:11 AM