いろ

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【大地に寝転び雲が流れる・・・目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?】


 見上げた青空には、真白い雲が悠々自適に流れている。その自由さが羨ましくて、僕は小さく溜息を吐いた。
「何か困り事? 私で良ければ話くらいは聞くよ?」
「勝手にひとの神域に入り込むなよ」
 僕の隣に社を構える文字通りの隣人が、地面に寝転がった僕を見下ろしていた。横髪をそっと指先で耳にかける、たったそれだけの仕草がやけにたおやかで美しい少女の姿を象った一柱へと、半ば反射的に文句を返す。
「良いじゃない。お隣さんかつご利益の近い神同士、仲良くしましょうよ」
「僕が結ぶのはこの世のありとあらゆる縁であって、何も色恋沙汰に特化してるわけじゃないんだけど」
 それなのに近年僕の元へと持ち込まれる願いは、恋愛相談ばっかりだ。友達との縁、仕事との縁、願ってさえくれれば何だって切って結んであげるのに。
 昨日の一件と今日の三件、持ち込まれた泥沼の四角関係を思い出すと頭が痛くて仕方がない。視界に映り続ける四本の赤い糸が、せっかくの晴れ渡る空の紺碧を無粋に彩っていた。
「またどの糸を結ぶかで悩んでるの? もういっそ、目でも瞑って適当に結んでみたら? 運を天に任せるってやつ」
「それ、人間が神頼みする時に言う台詞だろ。僕らが言ってどうするの」
「だっていくら考えても決められないんでしょう? だったらもう、勢いで決めちゃいなよ。案外なんとかなるって」
 はたしてそんな雑で良いのだろうか。だけど確かに、全く決められないのも事実だ。躊躇いながらも目を瞑った。太陽の光が網膜に透けて世界が赤くなり、どこに糸があるのかなんて判別できない。半ばやけくそ気味に手を動かし、感覚だけで糸と糸を2セット繋ぎ合わせた。
「あ、待って。面白すぎ。私の仕事減ったんだけど」
「え? 何それ、どういうこと?」
 鼓膜を震わせた忍び笑いに、慌てて目を開いた。……縁はちゃんと結ばれている。でも確かにこれだと、彼女の出番はなさそうだ。
「うわ、どうしよう。切って繋ぎ直したほうが良いかな……」
「別にこのままで良いんじゃない? 君の仕事は縁を結ぶこと。結ばれた縁がどんな関係性のものなのか、どういう感情に育つのかは、君の管轄外でしょう」
 何も恋愛だけが、縁の全てじゃないんだから。――恋愛の末に結ばれた夫婦へと子供を授けることを生業とするはずの彼女は、けれどそう涼やかな声で付け足した。
「友情で終わるならそれでも良し、恋情に発展するならそれもまた良し。どうしても子供が欲しいって祈りにきたら、私がどうにかしてあげるわ」
 堂々と胸を張る彼女が頼もしい。うっかり男性同士と女性同士で結んでしまった糸を眺め、僕はもう一度瞳を閉じた。
 赤く染まった焼けるような世界。晴天の日に寝転がって目を瞑ると、視界に映り込む糸が全く見えなくなる。ほんのひとときだけ自分の役目を忘れられるようで、この瞬間がたまらなく好きだった。
 僕が縁を結んだ彼らは、どんな物語をこの先紡いでいくのだろう。普段だと胃が痛くて仕方がないのだけれど、彼女の言葉が気を軽くしてくれたのか、今日だけは妙に穏やかな気持ちでこれからの彼らの未来を夢想できた。……それは彼らが紡ぐ人生、何が起きても僕の責任ではないのだと開き直って。
 ふと額に優しい温度が触れた。彼女の手のひらが僕の頭をそっと撫でている。
「おやすみなさい、良い夢を」
 とびきり甘い、まるで彼女の神域に漂う生まれる前の子供たちの魂へと向けられるのと同じような柔らかな声が、僕を眠りの国へと誘っていった。

5/4/2023, 11:52:26 PM