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8月に会いたいと思う人を紹介しよう。
8月1日午後20時41分。
あの日は、夜にも関わらず暑かった。
俺は、仕事が終わり帰宅途中にストレスを抱え歩いていた。
それは、仕事での失敗だったり。
それは、上司へのパワハラ並の説教だったり。
それは、何も出来ず変われない自分自身だったり。
この暑さとその全ての嫌なことが、自身に苛立ちを与え続けた。
「もう辞めたい、もう終わりたい」
そんなことを呟いても結局何も出来ず、何もせずに言い訳ばかり。
そんなふうに、俺は歩いていた。
その時、激しめのギター音が鳴り響いた。
振り向くと、そこには、1人の少女がロックバンドが持っているような派手なギターを弾いていた。
それも、こちらが息を飲むほどの真剣に、熱烈に、冷酷に弾いていた。
そして、彼女は歌い出した。
透き通る声なのに、熱を帯びた歌声を、
パッと見優しいそうな美人なのに、それを感じさせない殺意に似た雰囲気を、
自分自身の悩みをぶち壊す凄まじく、言い表せない何かをぶつけるような戦慄を、与えていた。
俺は、言葉を失いその少女に釘付けになった。
見入っていると、いつの間にか演奏は終わっていた。
最後に彼女は、演奏とは違って明るく元気で声高らかに言ったのだ。

「演奏を聞いて頂きありがとうございました!
諦めても、立ち上がれ!そのコンセプトで努力して皆さんに次は、もっといい演奏を聞いて頂けるように頑張ります!本当にありがとうございました!!!」

そう告げると、彼女は逃げるようにどこかへ行ってしまった。

時間にしては、ほんの数十分。
けれど、俺にとっては、数十年分の幸せを超えるものだった。
あの日以降、俺は少しづつ努力を始めた。
例えば、仕事の段取りだったり。
例えば、日々のなんでもないことに感謝したり。
例えば、筋トレや今まで興味がなかった分野を始めてみりなどを始めた。
最初は、苦戦してもうやめてしまいたい、楽したいなどと甘えがよぎったが、
彼女が言った「諦めても立ち上がれ!」って言葉が忘れられず努力することが出来ていた。
その努力が、少しづつ積み重なって
今では、自分の芯と誇りを持つことが出来た。

だから、俺は、この時期になるとあの人に会いたい。
会って、感謝を伝えて、また、あの素晴らし演奏を聞きたいのだ。

8/1/2025, 12:23:21 PM