NoName

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――私には何もありません。転じて、何も無いがあります。
――いぃや何言ってんだお前!

……25歳になる女が居た。
深夜バラエティのキャラと顔だけ尖った女タレントをつまみにカップ酒を煽る自堕落な、と付け足せば彼女のことが軽く分かるだろうか。総じて社会からの滑落者である。

しかし曰く、それは彼女が今まで人生設計のスタートラインに立っていなかったからに過ぎない。
25歳から始まる彼女の人生、その前準備はすっかり済んでいた。
家の物を片っ端から捨て、預金口座から大したこともない金額引き出して育て親に譲渡。友達の連絡先は全削除し、煙草も辞めた。
そして誕生日、今までの自堕落さとの決別のため、カップ酒でケリをつける、そのつもりだった。
何も無いがある。
あまりにタイムリーな話だった。
(そういえば、家が未だある、服も、靴も、スマホも)
……大掃除と何が違う? 快適さを残して不用品を生活から取り払っただけだ。
――いぃや何言ってんだお前!
頭を冷やすべきだ。外に出て、空気を吸って。
(ああ、でも物を捨ててもこの身体は残る。ミニマリストと何が違う?)
ベランダに出ると、住宅街の優しい夜景が見える。

お気付きだろうが、社会から滑落した女がまともな人間であるはずはない。
女はきっと既に心を病んでいたのだ。
0からのスタートというと、そこから1にする大変さを描かれがちである。
ただ、実際、多分、きっと『0になる』――スタートラインに立つ方がよっぽど難しい。

明滅して過ぎるベランダのリピート、唸る風、ミニマムな走馬灯……。
その最下層で、私はようやく0になった。
【0からの】2024/02/21

2/21/2024, 11:03:44 AM