「突然の君の訪問。」
台風の影響で大雨が降っているが、百貨店の中は別世界。台風はまだ四国沖を停滞中で風はまだ強くない。ただ台風から離れたところでも雨はひどい。
売ってる私が言うのも変だけど、仕事にしろプライベートにしろ、普段生活するには贅沢すぎる洋服を雨の中、わざわざ買いに来るだろうか。よく潰れないなと庶民の私は思う。仕事で必要だから社割で必要最低限は買うが、自分では絶対に選ばない。
でも、予想に反して客足は悪くない。昨日から販売開始となった新作が目的の人が多いようだ。新作は早い者勝ちだ。グズグズしていると人気のサイズはすぐになくなる。
「いらっしゃいませ」
新たに入ってきたカップルの客に声をかけてしばらく放っておく。視界の片隅に入れておいてスタッフを探す素振りをするとすかさず近づく。彼女が手にしているのは新作のワンピース。お目が高い。かく言う私は同じ柄のブラウスに無地のスカートを組み合わせている。
「試着お願いします」
という彼女に私と同じスカートの色のカーディガンもすすめて試着室に送り込む。この色と柄の組み合わせは私のお気に入りなのだ。
シャリンと試着室のカーテンが開いて彼女が姿をあらわす。着ていた服はゆったりしていたけどスタイルがいい。体のラインが出るこの服の方が絶対に似合う。
「よくお似合いです」
お世辞抜きにそう思う。
「これにする」
彼女は少し離れた彼に伝える。背中を向けていたがこちらに向き直って近づいてくる。
ああ、君か。ドヤ顔で「1回払いで」とカードを差し出してくる。
何年か前に別れた年下の元彼。彼女にうちの店の洋服をプレゼントできるようになったら認めてあげる。その時は連れておいでと言って別れた。定職につかず私に頼りきりだったから追い出したのだ。
支払いを済ませ包装する間、彼はじっと私の手元を見つめている。袋を渡す時、よかったね、おめでとうと目で伝える。彼の出で立ちは高価ではないけれど落ち着いたシンプルなもので、昔のようなツンツンした感じは微塵もない。大人になったね。
「店長、いいことありました?」
見えなくなるまで見送りを済ませ店内に戻ると後輩に言われる。
「とってもうれしいことがあったよ。でも内緒」
突然で驚いたけど本当にうれしい。見捨てるように別れたから気になっていた。よく頑張ったね。
8/29/2024, 7:55:35 AM