もち

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#空恋


「空を飛ぶんだ」

 それが、彼の口ぐせでした。 
 彼はあたしのきょうだいで、おなじサヤに生まれたエンドウ豆。あたしたちは双子です。
 ほかの豆はひとつの長いサヤに四つも五つもきょうだいたちがギュウギュウおしくらまんじゅう。でもあたしたちのサヤは小さくて、二人ぽっち。

「ぜったい出ていってやる」

 彼が天井をにらみました。

「ここはせまっ苦しすぎる。おまえたちはつまんないし、息が詰まるよ」

 うすい緑色の壁をすかして、朝の光がさしこんでいます。ちかくのトウモロコシの森がさわさわ風にそよいでます。突然暗くなって、大きな鳥の影がすべっていきました。

「だけど、ここは安全よ。あったかくて居心地がいいわ。あたしは一生ここにいたい」
「かわいそうに」

 彼のグリーンの目が憐れむようにあたしを見ました。

「おまえ、なんにも知らないんだ。ここは監獄さ。世界はもっと、途方もなく広いんだ」

 彼が天井を見つめています。
 そのグリーンの目は、天井をすかしてずっと先のどこかを見ています。それは彼が「空のかなた」と呼ぶ場所。あたしたちの畑の長い歴史の中で、どのエンドウ豆もたどり着いたことのない、途方もなく遠くて高い場所なのだそう。

「自由になるよ。あのトンビみたいにさ」
「あたしは、ここにいたい」
「そうしろよ。サヤのなかでしわくちゃに干からびて、地面に落ちて、つまんないエンドウ豆のまま終わっちまえ」

 あたしは自分の体を見ました。
 あたしの体は瘦せっぽちで、ぼんやりした黄緑色をしています。お腹は白っぽくて、ほっぺたに茶色いアザもあります。
 彼はプリッとまん丸で、芽吹いたばかりの若葉のような鮮やかなグリーンです。うらやましくて、あたしは彼をにらみました。

「いじわる!」
「いくじなし!」

 彼がフンとそっぽを向きました。




「大変だ! 起きろ!」

 ある朝、あたしは彼の大声で目が覚めました。
 彼のグリーンの目が朝露よりもキラキラして、見たことがないくらい興奮しています。

「穴だ! 出口だよ!」

 あたしは天井を見上げました。
 あたしたちのサヤに、細く切れ目が入っています。空が見えます。壁をすかした薄緑色じゃない、信じられないくらい真っ青な空が。

「さよならだ」

 彼が興奮して言いました。

「ぼくは出ていく。飛ぶんだ。あの青い空を、どこまでも!」

 彼は壁をよじ登って、天井の裂け目に、もう手をかけています。裂け目をこじ開けて、外に顔を出しています。

「わあ、すっごいや!」
「まって!」

 あたしは思わず立ち上がりました。
 彼がチラッとふりむきました。

「いっしょに来る?」

 あたしは一瞬、サヤを見回しました。居心地のいい、あたしの寝床。クモ糸で編んだお気に入りのフワフワ毛布。

「……ううん」
「いくじなし」

 彼がフンと笑いました。

「勝手にしろ。このサヤでもおまえには広すぎるくらいだ」

 彼はこじ開けた裂け目のふちに立ちました。
 両腕を勢いよく振って、

 ぽーん!

 外へ飛びだしていってしまいました。
 あたしはしばらくボンヤリして、それから裂け目にちかづきました。
 外をのぞいてみようとして、裂け目に手を、ちょっとだけ……でも、やめてしまいました。
 寝床にもどってうずくまって、毛布をかぶって、彼がこじ開けた裂け目をじっと眺めていました。目に沁みるくらい青い空を。
 



 彼がどうなったのか、あたしは知りません。
 畑のどこかで豆がひと粒落ちているのが見つかったとか、なんの種類かわからないくらい干からびてしわくちゃだったとか、カラスにくわえられていってしまったとか、みんながささやきあっていました。そのたびにあたしは、まん丸できれいなグリーンのきょうだいが、青い空をどこまでも飛んでいく姿を想像しました。

 彼がいなくなったあと、サヤはポッカリ広くなりました。
 あたしは体のむこう半分側が、いつでもすこしヒンヤリする気がしています。
  
 


「空に恋をした豆のはなし」

7/7/2025, 1:24:53 AM