ガラス一枚なのに。
「これで良かったんだよ」
その声は余りに穏やかで。
「誰も死なずに済んで良かった」
自分はこれから死に向かうというのに。
「これが唯一の道なんだよ」
そんな筈が無い。そう叫びたいのに言葉が喉の奥にしまい込まれてしまうのは、自分が何を言ったところで彼の意思を変えることは出来ないのだと分かっているからだった。
「君と会えるのは今日が最後だけれど、君との時間は私にとってかけがえのないものだったよ」
そんな言葉は欲しくない。拳でガラスを殴りつけても、彼は身動ぎ一つしないで、微笑んでいる。
「あの方をよく支えて差し上げてくれよ」
そんな事を、笑いながら言うから――。
ガラス一枚隔てただけの面会が、何億光年も離れた宇宙からの最後の通信のようだった。
END
「距離」
12/1/2023, 3:32:47 PM