薄墨

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神様。なぜ私は生きているのでしょうか?
神様へ、私は問いかける。

薄暗い教会の、ひび割れたガラスが、淡い青色の光で神様の滑らかな毛並みを照らしだす。
煤けたコンクリートの床、神様に捧げられた、ナツメグの粉まで、涙が出るほど神秘的だ。

神様。
私は問いかける。
この息苦しい世界で、私は生きていくしかないのでしょうか。それが私に科された罰というのでしょうか

誰も答えない。
神様の瞳だけが、こちらを見つめ、鈍く光る。

いえ、不満なわけではありません。
実の息子同然に育てなくてはならない、可哀想なあの子を、どうしても好きになれないのは、ほかならぬ、私なのですから。

どうしてしまったというのでしょう、私は。
私はこんな人間ではなかったはずなのに。
私は…情け深く、優しい、善良な一般市民であるはずなのに…。

神は低く唸り声を上げる。

私は首を垂れる。
神様。私には生きている意義はあるのでしょうか?
最愛の妹が遺したあの子すら愛せず、傲慢で陰険に振る舞い、返ってあの子の幸せな人生を食い潰しているような、こんな私に。

…でもまあ、賤しくも気高く在られる獣神の貴方なら、このような状況がお好きかもしれませんが。

いっそのこと、私が死んで仕舞えば良い。
そして、残った寿命をあの子にあげられたら。

そう神様へ祈った時だった。

ガシャン!っと金属の檻が歪む音が響く。
神様が、雄々しく唸りながら、私の喉元目掛けて飛びかかって来る。

避ける間もなく、私は、神様に喉元に食いつかれ、声も上げられずに倒れ伏す。
喉から、どくどくと、赤黒い液体が流れ出すのを感じる。

ああ、神様、まさか、私に最初から、こんなことを祈らせるおつもりであったのでしょうか。

あの子の方が敬虔で生きるべき信徒だと仰るのでしょうか。

いずれにせよ、この結末は、私にとっても、あの子にとっても、最良のものでありましょう。

ああ、我が神様へ、ありがとうございました。
そうです。どうぞ、残りは自由にお隠れになってくださいませ。
私の、私たちだけの神様。

他の人間が信じる神よりも、慈悲深く、気高い、我らがスレドニ・ヴァシュター様…

薄れゆく意識の中、私は神様へ何度も何度もお礼を呟く
その度に、赤黒い液体が、粘性を持って床を湿らせてゆく。

神様が、半開きの扉から、外へゆっくりと去ってゆく。
あの子は、きっと家からそれを眺めているだろう。
あのお姿を見れば、あの子も希望を抱くに違いない。

ああ、本当にこの神様へ、命を捧げて良かった。
その考えを最期に、私の脳はブラックアウトした。

        参考:サキ『スレドニ・ヴァシュター』

4/14/2024, 12:59:23 PM