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Theme:生きる意味

「『生きる意味』?そんなの、個の存続のための動機づけだよ。すべての生物は遺伝子を保持するための乗り物なんだ。人間だって例外じゃない。『生きる意味』を信じることで死なせないようにする、遺伝子の戦略の産物に過ぎないよ」

彼の人間嫌いはいつものことだがこれまた随分と辛辣だ。私は思わず苦笑してしまった。

「ふーん…。で、 その自己保存のための戦略は私達にも機能してるの?」
「もちろん」
彼は頷いて続ける。

「厄介なことに人間は自ら生きることを放棄する可能性がある。遺伝子にとってそれは困るんだ。個、つまり乗り物がなくなってしまったら、遺伝子は次の世代に自分を伝える機会を失ってしまう。遺伝子の終わりだ。だから、自己破壊をしてしまう乗り物に乗った不運な遺伝子は、それを防ぐために『生きる意味』という幻想を造り出した。『生きる意味』に縋らせることで踏みとどまらせるんだ。高尚なものなんかじゃない。ただの鉄とカーボンの鎖の塊を守るための戦略に『意味』というレッテルを貼っただけさ」

吐き捨てるように言う彼に、私は笑いを堪えることができなくなってしまった。彼がじろりと私を睨む。

「何がおかしいんだよ?」
「ごめんごめん。でも、戦略でも幻想でも『生きる意味』を信じることが人間らしさの証なんじゃないかな」

彼は面白くなさそうに鼻で笑って言う。

「だから、『生きる意味』を信じないと生きていけないこと自体が、人間って生き物が欠陥品だってことの証明なんだよ」
「欠陥品かあ…確かにそうかもね。でもさ、だから面白いんだと私は思うよ。欠陥があるから、私達はこうやって『生きる意味』をぶつけあって、意義とか目的を探そうとしてるんじゃないかな」
「『生きる意味』の押し付け合いは戦争や差別に発展する。欠陥品のやることだ」
「それは間違ってないんだろうね。『生きる意味』に苦しんで、悲しんで、不幸になる人がいるのも事実だし。でも…」

私は少し言葉を選ぶ。

「全ての『生きる意味』が悲しい結末にしかならないとは限らないんじゃないかな。『生きる意味』に縋って生きようとして、精一杯、生を謳歌して。幸せだ、って思う瞬間だってあるよ」

彼は忌々しげに笑う。

「随分おめでたいね。それこそ欠陥品だ」

私は笑って返す。

「欠陥品で結構。欠陥品だから『生きる意味』を発明して、『生きる意味』のために全力で生きられるんだよ。欠陥品は幸せだよ、きっと」
「ふん。まあ、いいさ。僕は『生きる意味』なんてものに興味はない。でも」

彼はそっぽを向いて小さく呟く。

「『生きる意味』を探そうとして、必死にもがいてる君を見てるのは、結構面白いよ」

4/27/2024, 12:32:25 PM