ないものねだり
いつだって、圭ちゃんの取ったケーキが美味しそうで。
あたしはいつも圭ちゃんが大事にとっている最後の苺を食べてしまうのだ。
「ジェノベーゼも美味しそうだけど、カルボナーラも…あー、でも太るよなぁ。うーん、圭は何にするの?」
仕事帰りに幼なじみの圭と待ち合わせたイタリアンで、私は地球の命運を担ってるかのように悩みこんでいる。いつもの事だ。
どれも美味しいのは、通い慣れたこの店ならば知っている。しかし、今日の気分はいつだってまちまちなのだ。
「俺はもう決めたよ」
食前のシャンパンをすました顔ですすりながら、圭はチェシャ猫のようにニヤついている。いつもの事。
「圭何食べんのよ?」
そんなことより早く選びな、というようにメニューをノックされる。
すぐに泣いてしまう可愛かった圭ちゃんはもういないのだ。
「んー、じゃ、ボンゴレ!」
最後には面倒になって今日のおすすめに頼る私。
運ばれてきた圭の皿はカルボナーラ。なんで私が太るの気にしてるのわかってて目の前でカルボナーラなんだろう。
白ワインのきいたボンゴレは、おいしい。おいしいんだけど、なんだか途中で手が止まってしまう。
「食べる?」
くるくると綺麗に巻き揃えられたカルボナーラが、口元に運ばれてくる。反射的に口を開きぱくりと食べてしまった。
おいしい、涙が出るほど美味しい。カルボナーラはこんなにもおいしいのだろうか。違う。これは圭から奪った罪の味。この世でいちばん美味しい果実。
君、いつも自分の皿に飽きるだろ?だから、俺はいつも先に君が本当に欲しいものを取っておくんだよ。
君のことこんなにわかってる男他にいないからさ…
最後の苺は俺にしときなよ。
圭が、いつの間にやら運ばれてきたちっちゃなホールケーキの上に輝くひときわ赤い真ん中の苺をつまんで、ぽとりとシャンパングラスに落とす。
差し出されたシャンパンに沈められた赤い果実を唇ではみながら、やられたなぁ、今の、圭ちゃんにしては上出来じゃないの?と、私は首を縦に動かした。
昨日奪い損ねた男のことは、どうでもいいや。
3/26/2024, 12:54:35 PM