茎わかめ

Open App

2025/10/06 私事ですが、投稿しない日でもハートが増えると嬉しいですね。

燃える葉

 他者は彼を、海と喩える。しかし、ワタシは彼を、海と呼びたくはなかった。

 彼に初めて会ったのは、深い地下でのことだった。海が近くにあるのに、さざめきは聞こえず、代わりに人の騒めきとノリの良い音楽が響く場所だった。
 彼は一見浮いた格好をしながらも、初めから居たようにそこに馴染んでいた。特徴のないように見えた彼に気づいたのは、ただ少し、ほんの少しだけ、此処に相応しくない優しい声をしていたからかもしれない。
 その場の都合により、表面上は彼とは初対面でない振る舞いをした。特に違和感は生じず、つつがなく目的を果たせた。仲間に旧知の仲だと思われるほどには。
 ワタシはその当時から役職が与えられていたため、彼がワタシについて知っているのは頷ける。だが、ワタシは彼のことを知らなかった。名前と特徴は、かろうじて知っていたが。その後調べても名前と外見、ある程度のプロフィールだけが明るく、それ以外は不明。
 あの場で少し話しただけでわかる。こちらの意図を一瞬で汲み、馴染み、尚且つ己の目的も果たしていたであろう有能さ。彼が野放しでいることは不安であり、危険であり、同時に強烈な魅力でもあった。

 あれを『海』と呼びたくなるのはわかる。彼の側は、味方であれば心地よく、敵であれば容赦ない。母なる海の大らかさと、荒れる海の厳しさと、底知れない深い魅力。
 しかし、それでもワタシは嫌なのだ。母なる海は、守護する側だ。それは良くない。ワタシの手に負えないモノとなってしまう。それもまた魅力的ではあるが、ワタシの望みではない。
 だからワタシは、彼を木の葉と喩えた。
 生き生きと過ごし、落ちようとも時間の限り舞い、そして次へと繋げる。そして海とは違い、手に抑え込めることができる。ワタシは彼に、そうあれと願う。
 しかし。同時に、彼を手に収めたくはなかった。手に負えないのも、また魅力であったから。それでも強く惹かれることに変わりはない。
 ただ、もし収めてしまったとしても。
 パチリと燃えて、熱さであっ……と手放して。そして、その一瞬の煌めきを目に焼き付けさせて。するりと手から零れ落ちる。
 彼はそういう人なのだから。

 だからワタシは、彼を海と呼ばない。

10/6/2025, 2:07:47 PM