はた織

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 浴衣の裾に滑り込む風は肌を撫でるかと思えば、熱風を当てて汗を吹き出させる。何を着ても暑さを凌げない苛立ちに、彼は襟に指をかけてはだけさせた。
 首筋から汗が滴る。水晶を思わせる透明度の高い雫も涼やかに見せかけて、肌を嫌に舐める塩辛い水だ。特に背筋を伝う汗は、見えぬ人間の人差し指を当てられたような不快感を覚える。
 暑い。ただ暑いとしか頭に沸き上がってこない。焦熱の陽光をぎらりと睨み返しても、熱はじりじりと増すばかりである。
 不意に、目の端に虹色の何かが煌めいた。そちらを振り向けば、小さな泡が浮かんでいる。その泡にくっつくように、どこからいくつものの泡が飛んできた。泡は頬を寄せるようにくっついて、天に昇って、そして青空の中に溶けるように弾けていった。
 鈴の音が響くと泡が飛んでくる。縁側の陰に涼む彼女が、シャボン玉のストローと容器を持って遊んでいた。手首に巻かれた鈴のついた腕輪が汗に滑り落ちる。しゃらんしゃらんと肌を撫でながら鳴っている。
 汗だくの彼と目が合うと、彼女は暑さに紅潮した頬で微笑み、シャボン玉を吹いた。彼に向かって泡を飛ばしている。温い風に乗って、泡はくるくると回りながら涼やかに色を艶めく。
「ああ、あんな泡になりたいものですね」
 彼はうっすらと笑みを浮かべて、じっとシャボン玉を眺めた。熱に潤う瞳に虹色の艶が混じり合う。あなたの吐息に涼む泡になれぬ我が身妬ましく炎ゆる心と、彼は煌めく泡沫を睨んだ。
               (250805 泡になりたい)

8/5/2025, 12:22:19 PM