七瀬奈々

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 友人らしき人物は白いマスクと黒いサングラス、何故か室内でヘルメットを被ってバスタオルを肩にぐるぐる巻いていた。
 そっ……とドアを開けて恐る恐る部屋に入ってきた姿はまるで不審者だった。

 格好と挙動に思わず笑ってしまい、つられてさっき止まったばかりの咳がまた出てきた。ゲホゲホと咳き込むと、心配そうに慌てる姿がおかしくてまた笑いと咳が込み上げてくる。

 落ち着いた頃に息を整えながらそいつの方を見ると、サングラスとマスクで顔が隠れていても分かるほど心配そうな顔をしていた。大丈夫だ、と親指と人差し指でまるを作ると、持っていた小さいホワイトボードにペンで文字を書き始めた。

『ご飯たべれる? 食べられそうなものある?』

 手には軍手を着けているため、書きにくかったのかふにゃふにゃの字だった。ホワイトボードをそっと渡してきたから返事を書く。

『なんでもいい』

『なんでもいいが1番困るよ!』

『喉に良さそうなものがいい。喉が痛い』

『分かった。ちょっと待っててね』

 グッと親指を立てて足早に部屋から出ていった。
 出ていく途中でドアにヘルメットをぶつけていたところは笑うとまた咳が出そうになったから必死に見ないふりをした。

 伝染らないようにぎこちなく感染対策しつつも看病してくれる優しさが有難い。なにせ今は兄弟たちとは離れて暮らしているため、身近で頼れる人があいつしかいない。

 この前、どうしても抜けられない会議の前に痛めていた喉は普通に風邪だったらしい。同じ部屋で過ごしたあいつはいつも通り元気そうなのが良かった。
 体調管理には気を付けていたつもりだが、不健康な生活には残念ながら自覚がある。あの厳しい医者の手にかかればこっぴどく怒られるのは間違いない。でも仕方ないんだ、仕事が本当に忙しく終わらなくて。

 などといった言い訳を並べても喉の痛みは治らない。考えるのをやめようと、自然に落ちてくる瞼に身を任せた。


 気配を感じて目を開けると、黒いサングラスに反射した自分の情けない顔が見えた。いつの間にか友人が帰ってきていたらしい。
 こちらを覗き込んでいた彼は顔を上げるとまたホワイトボードへ書き始めた。

『さっきおでこを触ってみたけど熱も少しありそうだね』
 通りで至近距離まで近付かれても起きなかったのか。頭の動きがずいぶんと鈍いらしい。

『とりあえずゼリーとプリン買ってきたよ。薬も貰ってきたから、食べ終わった後にそこの水で飲んでね』
 サイドテーブルには桃味の果肉が入ったゼリーが置かれていた。好きな味だ。ボトルに入った水と白い紙袋――恐らく薬だろう――も見えた。

『昼休憩終わりそうだからそろそろ戻るね。何かあったらすぐに連絡して』
 わかった、と小さく頷くと、親指を立てるハンドサインを掲げながら彼は足早に寝室から出ていった。
 時刻は普段の休憩終わり5分前を指していた。今ここにいて果たして間に合うのだろうか。この寮から執務室にはかなりの距離があるはずだが……

 身体を起こしてヘッドボードにもたれる。さっきよりも悪化しているのかひどく怠さを感じた。とにかく何か食べないといけないから、傍に置かれたゼリーに手を伸ばした。



お題:風邪 『愛を注いで』の続き

12/16/2023, 3:48:06 PM