よあけ。

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外部記憶媒体

 言葉も記憶も感情もすべて消耗品だから、なるべく長く保存しておきたいよ。だから冷凍保存するんだ。
 あの時の柔らかく刺された台詞、あの時の世界が煌めいて見えた視界、あの時の甘い涙の味、あの時の濁流の痛み。何度も使っているうちに言葉は価値が落ちるし、記憶は擦り減っていく。毎日消費していれば、いずれ最初の感覚が何だったのか忘れてしまう。
 ならそのまま冷凍保存してしまえばいい。いつか解凍された時、当時の感覚がそのまま蘇ってくれるはずだ。すべて冷凍して、全部忘れて、鍵となるものだけを棚の奥にしまっておく。部屋を片付けているときにたまたま触れる程度の場所に。
 忘れられることは幸せだ。長く味わっていられるのだから。

 好きだったゲーム、好きだった物語、好きだった人。意識していないものはすべて忘却される。この脳はすぐ記憶喪失になる。そして何度もそのゲームをしては感動してのめり込み、何度もその物語に触れてたその度に噛み締めて、何度も同じに人を好きになっては、そうやって過去を何度も再生する。過去を再生していたってその時感じる感覚はすべて「初めて」だ。何度だって好きになる。
 私は私の脳みそが好きだ。大して役に立たない残念な脳みそが、こうして言葉を書き残すことを選んだ。価値を瓶に詰めたいと願ったあの頃から、私はずっと価値を瓶詰めする作業をし続けてきた。君の脳に欠陥があったからだよ。何も覚えていられないことを嘆いた君がいたからだよ。
 この価値を詰めた瓶は冷凍されて、いずれ解凍される。この意味が君にはちゃんとわかるはずだ。
 君の脳に欠陥があるからだ。だから冷凍保存できる。忘れちゃうのが悲しいなら、鍵だけどこかに隠しちゃえばいいんだ。文章でも、音楽でも、写真でも、絵でもいい。記憶はものに宿る。脳みそじゃなくたっていいよ。全部覚えてなくたっていい。

 君は素足のまま歩いたっていい。僕は僕の脳みそが好きだ。

8/26/2025, 5:04:14 PM