隹。

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 言葉で表現するには難しい「それ」を自覚してから、自分の世界が大きく変わった。
 前触れなんてものは無かった。見えるものや感じ方、全てがその瞬間から変化したのだ。まるで、何かに取り憑かれたかのように。
 しかし、それが誰かに幸福を齎したり、救いになったりはしていない。むしろ傷付き、傷付けて、人間の醜さとはこう言った所なのだと痛感する羽目になった。
 だからと言って、それを恨んでばかりはいられない。過去の苦しみも今となっては良い思い出だ。なんとも前向きで、都合が良い考え方が出来るようになったものだ。

「私は気付きたくなんてなかった。」

 夢の中の彼女は、いつも俯いている。陽の光が差し込まない真っ暗な部屋の中、埃をかぶった布団にくるまって、僕だけに心の内を話す。
 布団を握る力が強くなっているのが分かった。それが彼女のどの感情を表しているのかは、きっと僕にしか分からない。

「あの時、あの考え方が出来て良かったと思うよ。」
「うそ。あれだけ悲しませたのに、良かったわけない。自分を殺すのだけはやめてよ。」
「布団にくるまって怯える事が、自分の意思?」
「うるさい。」

 彼女は、先に進むのをひどく怖がっていた。自分がこれからどう変化するのかが分からなくて、怯えていた。自分の想いを殺して、大切な人を傷付ける事が二度と無いように。
 僕は、盲目的な優しさを持つ彼女が安心して未来へ進める様に、夢の中を歩き回る。けれど、今宵も怯える彼女の姿を見て、もうそれも潮時かと感じた。彼女を追い詰めた所で「かわいそうなおんなのこ」から羽化する事は出来ないだろう。


 だから、最後に一つだけ。







 僕は彼女を―――かつての自分を、抱き締めた。
 


「大丈夫。不安な事は何も無い。自分が感じたままに、好きに生きていこうよ。他者に向けるその優しさを、自分に向けてやらないでどうするの?」

「他人なんかに愛されなくたっていい。認められなくてもいい。どんな外側でもどんな内側でも、全部大好きな〝自分自身〟なんだから。」

「自分の〝好き〟に向かう為の、綺麗な羽が生えただけ。蛹から蝶に羽化出来る。変化という名の好機を、逃す訳には行かないでしょう?」





自己犠牲的で、〝好き〟に素直になれない「私」。



身勝手で、〝好き〟を貫き通せる「僕」。





「僕」になるのが怖い「私」へ。








「誰より一番、愛してるよ。」










背中に伝わる温もり。

ほらね、言った通り。不安な事なんて無かったんだ。




どんな自分でも、愛せるのだから。








 ___ 2 あの頃の不安だった私へ




5/24/2023, 12:09:07 PM