るね

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【傘の中の秘密】



 幼い妹は最近、傘や長靴にご執心だ。何が楽しいのか、天気が良くても長靴を履きたがる。今日は家中の傘を全部集めて広げて、ドーム状の隠れ家を作っている。全然隠れてないし、今にも崩れそうだけど。

「にぃに」
 腕を引っ張られて、傘のドームの中に招かれた。崩してしまいそうで、体をできるだけ小さくする。崩れたらきっと泣く。絶対泣く。それは避けたい。

「あのね、あのね」
「うん、どうしたの?」
 どうにか無理やり傘の下に入って、もじもじと言葉を紡ぐ妹の発言を待つ。

「あの、ひみつなんだけどね」
「うん」
「にぃに、すき」
「僕も好きだよ」

 何故か妹が口を尖らせた。
「そうじゃなくて」
「ん? そうじゃないの?」
 なんだろう、何が気に入らないんだ。難しいな、幼児。

「あのね、ないしょね」
「うん。ないしょなんだね」
「おっきくなったら、にぃにとけっこんする」

 おやおや。そういうことはパパに言うものかと思っていたけど。僕とは年が離れているからかなぁ。
「ありがとう。でも、にぃにとはけっこんできないんだよ」

「なんで」
 妹の目に涙が浮かぶ。これはあれだな、僕が好きとか結婚できないとかいうのは大事じゃなく、ただ発言を拒否されたのが気に入らないんだ。

「お兄さんとはけっこんできないって決まってるの」
「やだあ」
 困った。泣かないで欲しいのに。

「ああもう……大きくなっても覚えていたら、もう一度言ってくれる?」
「……うん」
「泣かないで。ね?」

 結局、妹はふぇぇと泣き出した。
 きっとこの子は忘れてしまうだろう。それか本人にとっては恥ずかしい思い出となるのだろうか。
 でも僕はこの可愛らしい、傘の中の秘密の告白を一生覚えていようと思う。


6/2/2025, 10:56:59 AM