浜崎秀

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 冷たい秋風が身を震わせる。黒いコートを体に巻きつけ、静かな路地を歩く。空はどんよりと曇っている。郊外に出て、細い道を通り墓地に着いた。

 迷うことなく真っ直ぐ目的地に辿り着く。灰色の墓標は、いつもと変わらずそこに立っていた。彼女の名前が刻まれている。生年は22年前、没年は1年前の今日。僕は跪き、両手でゆっくりと白い花を供える。

「また来たのか?」

 背後から老人の声がする。

「今日は、どうしても来ないと」
振り返りながらそう言った。

 彼は一層やつれて見えた。白髪もシワも増えた気がする。
 
「それで、こんな朝早くからか?」
 彼の声からは本気で心配している様が伝わってくる。

「私がこういうのも何だが、そろそろ前に進むべきじゃないか? 娘もきっと……それを望んでる」

「無理ですよ」
 苦笑しながらそう答える。

「毎日、毎晩、どこにいても、何をしてても、彼女との思い出が頭をよぎるんです。彼女は、僕の人生の深いところまで入り込んでいた。そう簡単には、忘れられません。それに正直、忘れたくないんです」

「……ああ、そうだろうな」
 
 2人とも暫く無言だった。ただぼんやりと、綺麗に手入れされた墓標を見つめていた。朝日が昇り、鳥が泣き出した頃彼がおもむろに口を開いた、

「なあ、よかったら家に来ないか? 酒でも飲もう」

「ええ、是非」

 そう言って、2人はゆっくりと墓地を後にした。

『哀愁をそそる』

11/4/2022, 11:12:16 AM