お題 上手くいかなくたっていい
手を伸ばせば雲に手が届きそうかも
なんて呑気なことを考えるには全く向いてない場所にいる私
今、私がいるのは山の中の崖っぷち。ボロボロのフェンスを跨いで来たここはあと一歩で知らない世界に行ける場所。
そこがどんなところかは知らない。きっと誰も。
こんなところにいても恐怖心一つ湧かなくなってしまった自分に思わず自嘲気味な笑みが零れる。
あ、久しぶりに笑えたかも。
笑えなかった人生。辛かった人生。
そんなことからも今日で解放されると思うと今すぐにでも
この一歩を踏み出してしまいたくなるくらいだ。
何も上手くいかなかった人生。
私は優しくなりたかった。
私の優しさは誰に気づかれず、空回りに終わった。
私は可愛くなりたかった。
私の肌が、体型が髪の毛が美しくなることはなかった。
私は友達が欲しかった。
私の周りにいたのは、いじめっこだけだった。
私はなろうとした。誰からも慕われる姉のように。
私は姉とは対象的になった。
母は姉を愛した。この世の何よりも。
娘という同じ立場の私は全くもって違う扱いを受けた。
何もかも、上手くいかない。
努力は報われない。
そんな人生も15年で終わり。
こんな終わり方だから来世に期待をすることはできないけど
それでも今よりもいい人生だったらいいなと思う。
さぁ、終わろうか。
セミの鳴き声がいっそう大きくなる。
私はくるりと後ろを向き、背中から落ちようと思った。
そこにいた、見覚えのある人を見るまでは。
「お兄ちゃん…?」
そう声に出した瞬間、お兄ちゃんはバッと走り出して
フェンスを挟んで私を抱きしめた。
『ごめんな。ごめんな。』
そう言って私の肩に涙を零した。
『もう、大丈夫だから。お前は本当に頑張った。』
なんのこと?そもそもお兄ちゃんは、ずっと一緒にいなかったから、私の事なんてほとんど知らないはず。
流されるようにフェンスの内側に帰ってきた頃には死にたいという気持ちよりも、聞きたい事のが多くあった。
しかし質問するまでもなく、お兄ちゃんは全て話してくれた
『今日な、8年ぶりくらいに帰ってきたんだよ。家に。
そしたら母さんと莉央がいて。真奈美は?って聞いたら、知らないって言って。家の雰囲気とかから何となく良くない感じがして、小さい頃お前とよく来ていたここに来てみたんだよ。』
莉央は私のお姉ちゃんの名前で真奈美は私の名前。
久しぶりに名前を呼んでもらえたことに思わず涙が流れる。
『お前のことだからきっと色々頑張ってたんだろ。昔から頑張り屋さんだもんな。』
「…でもっ、私全然ダメでっ、
なんにも上手くいかなくてっ、お姉ちゃんみたいに、
なれなかったよぉ〜」
ダムが壊れたように泣き出す私の頭をお兄ちゃんは優しく
撫でてくれた。
『うまくいなかくてもいいじゃん。やろうとしただけ真奈美は偉いよ。偉い偉い。』
『だからさ、今度からは一緒に頑張ろ?
もうあんな家には返さないよ。』
お兄ちゃんとお父さんは私たちとは別に住んでいた。
両親の仲が悪いせいで私たちは7歳の頃に離れ離れになった
当時お兄ちゃんだけは私と仲良くしてくれて、お兄ちゃんの横が私の唯一の居場所だった私にとって、とても悲しいことだった。そんなお兄ちゃんとこれからは一緒。
私は心が踊った。こんな感覚は初めてだ。
私は、うんうんと首を縦に振ってお兄ちゃんに抱きついた。
『よし真奈美!すぐに荷物をまとめるぞ!』
「おーう!」
小さい頃に戻ったように私は明るくなれていた。
自分でも驚くほどだ。数分前まで死のうとしていた人間とは思えない。これか本当の私だったのか。
それから私たちは、少し強引だったけど元いた家を抜け出して、お父さんと大好きなお兄ちゃんに囲まれて新しい人生を
歩み始めました。
8/9/2024, 3:29:09 PM