sairo

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「だから再三再四、言っていたであろうが。この馬鹿狐め」

あの子との縁が切れた。
否、正確には縁は切れてはおらず。己自身に縁が繋がるという、詮方ない状況が焦燥を掻き立てる。

「あの子は、今、」
「知らん。ここではない、遠くに生きてはいよう…今世は諦める事だ」

告げられる無慈悲な言葉。唇を噛み、俯いた。
自業自得。獣食った報い。
今更だ。告諭を受諾せず、溜め込み続けたのは。浅ましい獣の性に従ったのは、紛れもない己自身なのだから。

「大人しくしておれば、その身に溶け込んだ娘の気も幾分落ち着くであろう。娘の来世に期待する事だ」

分かっている。分かってはいるのだ。
それでも、

これまでずっと共にいたあの子と在れない日々は、目覚めを待つその時よりも耐え難い苦痛を伴っていた。




「紺。そろそろ離して下さいな」
「やだ」

十数年。納得出来ぬと、寂しいと嘆く胸の内を押し隠し。空虚な時を過ごしていたというのに。
ようやく諦念に至ったはずであるのに。
それが一瞬で覆された。

前触れもなく現れた、少女。縁が切れてしまっていたが故に、遠目からでは気づく事が出来なかった。
触れ合う事で縁が結ばれた。焦がれた、愛しい子。
嬉しい事だ。満たされてはいるのだが。


「納得出来ない。なんでだ」

どうしろというのだ、この状況。
文句を言いながらもしがみつく子は、こちらの胸中など歯牙にも掛けず。彼女が身動ぎする度、柔らかな髪が首を擽りこそばゆい。
手を伸ばしてもいいのだろうか。それとも大人しくしていればいいのか。
本当に、どうすれば良いのか。

「茶が冷めてしまいますよ。茶菓子もあります故、まずは一息つきませんか?」
「宮司様が食べさせて」
「……はい?」

思考が止まる。何を言っているのか、この娘は。
もぞもぞと向きを変え、それでも離れぬように寄り添った彼女が、無防備に口を開ける。

「…ご自分でお食べ下さいませ」
「ケチ」
「っ!?」

離れている間に、一体何があったのか。それともこれが今の世の人間には普通の事なのか。
少なくとも、以前は斯様に触れ合いを求める子ではなかったはずで。逆に距離を取ろうとするのが殆どであったというのに。
かつてを思い返し、今目の前にいる子との違いに眩暈がする。
逢えない寂しさに、幻覚でも見ているのではないだろうか。

「宮司様、こっからだと届かないからお茶取って。あと、酒饅頭も」
「離れればよろしいでしょうに」
「やだ。それにお茶の用意してる時もずっと私の事引っ付けてたんだから、今更じゃん」

幻覚にしても、これは酷すぎる。

「離れている間に頭でも打ちましたか?生娘が斯様にはしたない行動を取るなど」
「今の恋に恋する女子高生はこんなもんです。ま、宮司様がどうしても嫌って言うなら、大人しく帰るけど?」
「っ紺!」

するり、と離れようとする体を引き留め、きつく抱きしめる。
二度と離してなるものか。

「少々おいたが過ぎるようで。またいつかのように喰うてしまいましょうか?さすれば離れる事を厭う気持ちもありますまい」

尾を揺らし、巻きつける。薄く笑いながらも、胸中では必死で己の本能を抑え。
願うように、目を伏せた。

 

「宮司様、宮司様」
「なんですっ…!?」

呼ばれ顔を上げれば、唇に触れた熱。
にんまりと笑う、愛しい娘。


今、何が。

「宮司様、顔真っ赤。かわいー」
「なっ、何を」

思わず緩んだ腕の中から抜け出した娘は、心底楽しげに。赤く染まる顔を背けようとすれば、それより早くその小さな両の手で頬を包まれ視線を合わせられる。

「可愛い可愛い宮司様に一つ教えておいてあげるね?」

首を傾げ。自信に溢れたその瞳は、星よりも煌めいて。

「恋する女子高生は無敵なんだからね。怖いものなんか何もないんだっつーの!」

だからこれからもずっと一緒。
進路希望に、宮司様のお嫁さんって書いちゃうんだから。

一つどころか次々に告げられる。
その言葉の意味を殆ど理解せぬまま。けれどもその勢いと、再び奪われた唇の熱に思考を奪われて。
愛しい子の言葉にただ頷いていた。



20240713 『これまでずっと』

7/14/2024, 2:43:38 AM