浅木

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 生きるということは、絶えず成長していくと言うことだと思う。
 知識を蓄え、己を知り、知ればまた無知が見える。無知を克服する為にまた知る。その繰り返しだ。そうして日々を生きていくと、当時は新鮮に見えたことが、今は意識すら向けなくなっていくもので。

 真夜中の午前二時。眠れないまま外へ出た私の靴には、既に少量の雨が染み込んでいた。
 雨なんて、靴下は濡れるし寒いし。傘持たないといけないから片手は塞がるし。要するに面倒なことだらけだ。家に帰った後に乾かさないと思うと少し憂鬱な気持ちになる。
 それでも傘を開いたのは、部屋から聞こえる雨音が少し神秘的に聞こえたからだ。普段ならうるさいと布団を被るであろう騒音なのに、ほんの一部の音がぽつぽつとゆっくりに聞こえて。もう一度聞きたいと思った。
 少し歩いて、目当ての公園にたどり着く。ここは屋根の下にベンチもあって休むのにぴったりな場所。ふぅ、と一息ついて、屋根を打つ雨音に耳を傾ける。
 木が雨を遮っている様で、落ちてくる粒は少量だ。部屋で聞いた音が再度聞こえてきた。

 ぽつ。
 ぽつぽつぽつ。
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。

 そういえば小学生の頃って雨の日に真っ直ぐ家に帰ったっけ。この公園で今はもう撤去されてしまった、ツリーハウスの様な所に上がって雨を楽しんでいた記憶がある。
 あぁそうだ、雨を楽しんでいたじゃないか。この音だけじゃない。人が歩く時の音も、車や自転車の音も、この土の匂いも。全部を面倒だなんて言わず、「どうして雨が降るんだろう」なんて考えながら。
 雨が降るのなんて理由はもう分かりきっているし、そんなことより最優先なことは山程ある。一々消費された新鮮さに心を動かすほど子供の期間は長くない。
 生きていれば、自然と大人にはなっていく。自分の中身の成長すら感じられないままに走り続けて、こういう些細な記憶は取りこぼして行くんだろう。
 けれど今日のことは覚えていたい。ほんの少し子供に戻って、あの頃感じたものをなぞっていきたい。
 大人として過ごしていく中で得る物の根幹は、きっと幼き自分の感性も大事になってくるのだろうから。


2024/5/12
「子供のままで」

5/12/2024, 11:54:21 AM