撫子

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「いいな、可愛い街並み。こんな道をお散歩してみたい」

 隣で寝そべる姉の言葉につられて、顔を上げた先のTV画面に映し出されているのは、どこか外国の街角らしい。並ぶ石畳とレンガ造りの家々は、良く出来た玩具のようで、そのまま飾っておきたいほどだった。

「死ぬまでに見たいな、こんな風景」
「お姉ちゃんに無理でも、私が意志を継ぐから心配しないで」
「なんと薄情な妹か!」

 わざとらしく突っ伏してみせる姉の向こう、窓の外に目を向けた。
 私たちが生まれる前は、空が青かったことがあるなんて、何度文献で読んでも想像がつかない。
 空は今日も黒ずんだ紫色をしていて、時折雷の光がひび割れを作るばかりだ。
 
 お洒落な街並みでなくていいから、防護服を身に着けずに、青い空とやらの下を歩けるものなら歩いてみたい。
 そんな馬鹿げた夢物語を抱けたなら、代わり映えのしない特殊カプセルの中の生活も、少しは楽しくなるのだろうか。
 そこまで考えてから、そういった夢想は姉の役目だと思い直して、また手元の本に視線を戻す。もしもこれを書いた人間に、今では天気によって色を変える空など、この世のどこにもありはしないと教えたなら、どんな反応が返ってくるのだろう。
 シニカルな考えに耽る私の横で、相も変わらず古い映像に見入る姉が、“雪”と呼ばれる現象で白く塗り替えられた街を指差しては、無邪気に喜んでいた。

(街)

6/12/2023, 5:22:06 AM