涙の跡
付き合ってもいないのに別れ話をする羽目になった
こんな酷い話はない
だいたいこの恋に深くのめり込んでいたのは彼の方なのに……
嫌、そんなことないか
私もそうだったかもしれない、と思い直す
あなたのこと大切に思ってました
きっとその伝え方はあなたの望む形ではなかったのかもしれないけれど
それでもちゃんと好きでしたよ、あなたのこと……
仕事上、関係の再構築を迫られた私は、最後の最後、彼にこうして告白せざるを得なくなったのだ
いくら鈍感な俺だって、それくらい分かってたよ
まさかこの歳になってこんな気持ちになるなんてな……
ありがとう、嬉しかったよ
私よりもずいぶん歳上の彼が、自嘲気味にそう言って、少し笑う
目尻の深い皺が彼を年相応に見せていた
全然上手く笑えてないよ
そう言いたい気持ちをグッと堪え、私は彼に背を向けた
昨日の今頃は、こんなに苦しい気持ちになるなんて想像もしていなかった
泣いて泣いて泣き疲れて、やっと眠れたのが朝の5時過ぎ
スマホの時計を見ると、とうに昼を過ぎている
頭の奥が鈍く重い
浅い呼吸で眠っていたせいで、脳に酸素が行き渡っていないのだ
昨夜からずっと一緒に過ごしていた愛犬が私の顔にふんふん近付き、涙の跡をペロリと舐めた
暖かく湿った舌は、彼女が機嫌の良い時にする動き方で何度も私の頬を往復する
ごめんごめん、お腹すいたね
ご飯にしよう
私はそう言って、彼女を抱き上げ小さなおでこにキスをしたあと、そっとベッドから下ろしてやった
彼女は二、三度ブルブルっと体を震わせたあと、ダウンドッグのポーズで気持ち良さそうに伸びをしている
私偉かったよね、彼の前では泣かなかったもん
突然訪れた彼との別れ
あのままフェイドアウトさせてしまおうかと悩んだ末の選択だった
あんなに好きだった彼への想いを宙ぶらりんにしてしまったら、きっと私は一生後悔したことだろう
クシャクシャの髪、よれたアイライン、かさついた唇
寝室の大きな姿見に映し出された私は、とても美しいとは言えないまでも、どこか誇らしげで凛として見えた
その横顔の、涙の跡すらも
お題
涙の跡
7/27/2025, 4:41:01 AM