わをん

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『初恋の日』

初恋を覚えているかと聞かれて覚えていると答えたことはない。本当は覚えているが、甘酸っぱいと形容するほど優しい思い出になってはおらず、いまだ体のどこかで燻り続けているように思えている。多感な時期に悪気なく傷つけられたはずなのにその人のことを想う気持ちは消えてはくれずいつまでも忘れられない。
こじらせた青年からこじらせた大人になったある日にコーヒーショップでノートパソコンを開いていると初恋の人が来店した。いつまでも忘れられないこちらと違って、あちらには記憶の隅にも自分の姿はないのだろう。そう思っていたのだが。
「あんた、同中だったよね」
注文待ちのランプ下からズカズカと歩いてカウンターへとやってきた彼女。ふたりに周りの視線が降り注がれている。
「相変わらず冴えない感じね」
それだけ言うと注文の品を受け取り颯爽と店を出ていってしまった。視線に耐えられず何を見るでもなかったノートパソコンを仕舞って店を出ると彼女の姿はすでにない。
長らく思い出すことのなかった初恋の思い出とよく似た状況に彼女からの言葉が新たに突き刺さっている。今も昔も冴えない自分は、このままでよいのだろうか。未だ輝いて見えたその人のことをまた改めて想い始めた。

5/8/2024, 5:52:33 AM