人魚姫は自分の美しい声と引き換えに、人間の足を手に入れた。
子供の読み聞かせで有名な童話だが、私は全く歯牙にもかけず、虎がバターになる話とか、ネズミがパンケーキを作る話だとか、そういう絵本が好きな子供だった。根っからの花より団子だったのだ。
お姫様が王子様と結ばれる話を読んでもつまらなかったし、その逆に、お姫様が悲恋になってしまう話を読んでも特に感動もおきなかった。
母親からしてみれば、折角生まれた女の子なのに、可愛がり甲斐がなかっただろう。
けれど、人魚姫の話は何故かよく覚えている。そんなに繰り返し読んだこともないのに。
せいぜい一、二回くらいしかページを繰っていないだろう。それでも人魚姫の結末が今も私の心に残っている。
好きな人に会いたくて人間になった人魚姫。
好きな男のために自分の命を泡にした乙女。
なんだか人魚姫ばかり損をしているようにも思えるが、見方を変えれば、このお転婆な人魚姫は、姉の忠告も無視して好きに生きただけなようにも思える。自分の気持ちに正直に、ただ、自分の恋に生きて死んだその生き様には、なんとなく心惹かれるものがある。
でもきっとそんな人魚姫だからこそ、死ぬ前に何か男に伝えたいことがあったのではないか。
恨みつらみでも、最後の愛の言葉でも、さようならの挨拶でも、何か、自分の人生を無意識に翻弄させた罪深い男に一言言ってやらねば気が済まぬのではなかったのか。
最後にして最大な想いの丈を、声にもならぬ声を、どんなふうに男に投げかけたのだろうかと想像する。
それこそ、声が枯れるまで。
お題/声が枯れるまで
10/21/2024, 2:51:42 PM